第89話 三人寄れば文殊の知恵。ただし男子大学生は除く(きっと)。

「……確かに、あるかもしれない……」

 星置はハッとした顔で僕のほうを向き、何かに背中を押されたかのようにスマホを操作してこう言った。

「今、篠路を捜索するためのサークルのメンバーラインに流した。もしかしたらいるかもしれないって。これでさっきお前が言った駅はほぼ網羅できる」

「……これで見つかれば、少なからず彼が団体に所属している証明にはなる」

「そうでないことを祈りたいけどな」

「……うん」

 一瞬の間、お互いに飲み物を口に含む。そして僕は遅いお昼のきつねそばの最後の一口を食べる。付き合いでなければ食事は簡素にね。島松とか古瀬さんとか、ゼミの後でみんなで食べるお昼はそれはまあ楽しいから不問で。

「それで……お前、あの人とはどこまで行ったんだ?」

「……あの人って?」

「お前の狙っているというあのゆるふわ系先輩とだよ。何回も家泊めているんだろ? どうしてもそれで付き合っていないっていうのが信じられん」

 話が百八十度転回したね。もう真面目な話は終わりか? 終わりなのか?

「さすがにもう童貞は捨てただろ?」

「ぶっ」

 食後に嗜んていたお茶が鼻に入った。なんか気持ち悪い……。それに痛い。

「お、おまっ、急に何言ってんだよ」

 周りに聞かれていないか僕はキョロキョロと辺りを見渡す。

「初心か、ピュアか。男子大学生が集まればするのはバイトの話かサークルの話か女の話か猥談かと相場が決まっているだろ」

 こいつの会話の選択肢狭くない? それこそ恋愛をシミュレーションしたしかし現実はシミュレーションできないゲームの選択肢ばりに狭くない?

「猥談を昼間っからしかも学食でするアホがいるか」

「ふふ、忘れたか上川、俺は女とオレンジジュースのためなら全力を尽くす男だぜ?」

 猥談って女性のための範疇なんですか? イガイダナア。

「そんな大人の階段をあろうことか俺より先に上った上川先輩に女性を落とすテクニック教わりたいなあ、なんて」

 顔は笑っているけど目は笑っていない。あ、これやばいやつだ。

「さあ、根掘り葉掘り聞かせてもらおうか……かみかわせんぱあい。ぐへへ」

 ……やべえ、飲み会で絡まれたときばりにウザイ今の星置……。さっきまでの真剣モードはどこに行った? それを維持していればある程度脈を作れると思うんだけどなあ。

「あの……だから、まだ付き合ってないんで、僕、まだ童貞です星置」

「はあ? しらばっくれるんじゃないぞ、どこの誰が付き合っていない男の家に泊まるよ、ええ? しかもこの間チラッと聞いた感じだと一度や二度ってレベルじゃないんだろ?」

 正論と言えば正論なんだよな。だからぐうの音もでないんだよな。けど本当に付き合っていないからどうしようもないんだよな。

「そ、それはまあちょっと特殊な事情がありまして」

「ほう? 聞かせてもらおうじゃねーかその特殊な事情ってやつを」

 国民的アニメのガキ大将かな? 顔が怖いぞ星置くーん。助けて青いタヌキさーん。

「……いや、僕も早いところ付き合ってくださいって言おうとは思っているんだけど、なかなかいいタイミングがないというか……」

 なんで僕こんなやつに恋愛相談している感じになっているんだろう。世も末だな。

「馬鹿かお前は。タイミングがないなら作るんだよ」

「多摩センのヒューロンランド行った帰りに告ろうと思ったら歩きながら寝てるし」

「……ん?」

「ある日僕の家来たら、直前に野良猫見てたら猫に水掛けられたとかわけわかんないこと言いだすし。猫って水苦手なんじゃないのかよ」

「んん?」

「栗山さんお酒弱いのに僕の前でお酒飲んで酔っ払ってそれどころじゃなくなるし」

「んんんんん?」

「僕は頑張っていると思うんだよ、なのに、なのにそれを全部という全部を栗山さんは台無しにしてくれるから……」

 気がついたら僕は空になったペットボトルを潰していた。その様子を見た星置は半ば引き気味に体を後ろに傾けて、

「お、おう、お前が大変な思いしているのは十分伝わった。だから、一旦そのペットボトルを離そうな? な? もはや原型留めてねーぞそのペットボトル」

 あろうことかこんな奴に同情されてしまった。

「……なんか、ごめん。お前が童貞なままだってことも、信じてやるよ」

「……理解が早くて助かる」

 理解してもらったことはありがたいけど別に嬉しくないのはどうしてだろう。

 ああそうか。

 なんも解決していないからだ。ただ星置が僕の傷口に塩を塗って僕がそれに怒っただけという何も生産しない無駄な時間を過ごしたからだ。なんだこれ。

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