第88話 おやつの時間に食べるお昼ご飯はほどほどに。

 どこか悶々としたまま迎えた次の日。例によって家にいたがってごねる栗山さんを引きずるように僕は家を出て大学に向かった。

 金曜日は二と三限に授業があり、僕は四限の時間に学食でお昼を食べていた。もはやおやつの時間だけども。そして、

「待たせたな」

 経過報告ということで、この時間空きコマの星置を呼んでおいた。

「今昼食べているんだ」

「昼休みだけでお昼食べるのはゆっくりできなくて好きじゃないから。しかも3号館から学食まで少し遠いし」

「ま、それもそうだな。で、用件は?」

 目の前の席に座った星置を見て、僕は少し声を潜め話を続ける。

「……とりあえず、あの団体が噂通りやばいっていうのは把握した。まだ証拠はないけど」

「……やっぱりか」

「さしあたり、篠路君と話ができれば手っ取り早いんだけど、まだ連絡つかないんだよね?」

「ああ」

「……だったら、篠路君の家族とかは? それとも彼、一人暮らし?」

 もっとも、そういう危ない団体に引っ掛かるのは実家暮らしではなく地方から出てきた一人暮らしの学生のほうが確率は高そうだ。

「あー、確かあいつ、実家は実家なんだけど、おばあさんと住んでいるって話聞いたなあ」

 ……これまたイレギュラーな。

「あまりこれに関してはあいつの家庭の事情ってやつだから言わないで欲しいんだけど、篠路の家、母親しかいないみたいでな。単身赴任で出稼ぎに行っているんだ。……あと、その同居していたおばあさんも病気で今入院しているみたいで、事実上一人暮らししているようなもんなんだ」

「……そうなんだ」

「ほんとは国立文系に行くはずだったんだけど、落ちちゃったみたいで。かといって浪人する余裕もないから無理やりここ来たみたいだけど、やっぱり苦しいみたいでな。サークルも続けるのがしんどくなったのかもしれない」

 ……デジャブだなあ。この間の苗穂君と似たケースか?

 まだ二人とはいえ、どちらも経済的に苦しい学生がターゲットもしくは引き込まれていると考えると……。

 向こうの団体は明確に狙ってそういう学生に手を出している? まだ断定するには早い気もするけど。

「……そっか、ありがとう。じゃあ家族の人に聞いてみるって線もなしか……」

「それは俺らも最初に思ったな。あいつが実家住みなのはサークルメンバー全員が知っていたから。それに篠路はおばあちゃんっ子みたいで、頻繁に入院している病院に通っていたらしい」

「最近は?」

「……どうだろうな。俺らはわからない。多分行っていないんじゃないかって思う」

 そしてお互い黙り込んでしまう。すると、星置は「あ」と何か思い出したようにして、

「そういえば、この間なんだけど八王子駅であのチラシ配っている男を見たんだよ」

「……は?」

 八王子駅で?

「あと、サークルメンバーの話には新百合ヶ丘駅とか多摩センター駅とかにもいたって話だし」

 ……やけにピンポイント過ぎないか? 今言った八王子・新百合ヶ丘・多摩センターの三駅は、うちの大学に通う際に利用する頻度が高い駅だ。

 もしかして、大学構内だけではなく、そういった駅にも網を張っている……あ。

「……それってもしかして、スーツ着ていた?」

「ああ、スーツの若い男だった。なんなら同年代かなあって」

「……僕も京王八王子駅で見た。少し前だけど」

 僕がトラックに水をぶちまけられたあの日、雨が降るなかなんか勧誘しているなあって思ったけど、あれはそういうことなのか……?

「ほんとか? ……結構勧誘は力を入れているのか、そこは」

「……なあ、星置。そのサークルメンバーが見たのも、スーツを着た若い男だったの?」

「そうだけど」

 もしかして、そうだとするなら。

「……他のサークルメンバーにさ。……新宿駅、調布駅、府中駅、橋本駅、立川駅、分倍河原駅とか、要するにうちの大学に通う際に通る主要駅を使う人っている?」

「小田急京王、多摩モノひととおり使っているやつはひとりずついるけど」

「……もしかしたら、いるかもしれない」

「え?」

「駅で配布しているチラシなら、大学の承認印なんてなくて当たり前。もしかしたら、篠路君も同じようにどこかの駅で勧誘をしているんじゃないのか?」

 いきなり、グッと大きな手がかりがつかめた気がする。これで篠路君を発見できれば、まず間違いなく彼が団体に入っている証明になる。……発見したくはないけどね。

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