第87話 食器用洗剤の適量、結構悩む。二度づけ多くて困っちゃう。

 お酒にまみれた格好でそのままにいるわけにもいかず、僕は先にお風呂に入ることにした。これで上がったあと栗山さんがべろんべろんに酔っていたらそっと浴室に引き返そう。

 しかし、すぐ近くにある台所からは普通に鼻歌が聞こえてくるし、かといって缶を開ける魔の音は聞こえてこない。……いや、聞こえたところで僕今裸なんで出て止めるわけにもいかないんですけどね。

「はぁ……」

 いつになったら比較的普通な時間を過ごせるんですかね……僕は。

 ため息まじりに浸かるお湯は、少し乳白色が混じるもので、まあやりきれない僕の心情を表すには十分なものだった。……別の入浴剤買えばよかったかも……。


 お風呂から上がれば無事(?)栗山さんは素面のままでいて、部屋には作り終わった晩ご飯が並んでいた。

「あ、上がってきたー」

 ……どうでもいいことをひとつ言いたいと思う。僕は普段食後にお風呂に入る。何か特別な事情がない限り。それは栗山さんが来ているタイミングでも同じ。

 つまり何が言いたいかというと。

 風呂上がりに食卓に晩ご飯が並んでいるってなにこのシチュエーション。なんのギャルゲーですか? いっぱいありすぎて出てこないや。

「ご飯できてるよー」

「……あ、ありがとうございます」

 あ、そうだ。栗山さんが誤飲する前に僕のほうでチューハイを消化しきらないと。確かまだ数本あったはず。今日のうちにもう一本くらい減らしておこう。

 冷蔵庫から冷えた缶を持ち出すと、

「えー、上川くんは飲むのー? わたしも飲みたいなー」

「……却下で」

「ずるいよー」

「なんのために僕が身を挺してあなたからお酒をひったくったと思っているんですか……」

「ぶー」

 ブーイング以外で「ぶー」なんて言う人いたんですね。初耳です僕。

「栗山さんが酔っ払うと僕が面倒なんで止めたんですよ……」

「えー? 面倒なのー?」

「……自覚してます? まじで。気をつけたほうがいいですよ? みんながみんな僕みたいなヘタレとは限りませんからね、何されても知りませんよ?」

「えへへー、だから上川くんの前でしか飲まないって決めているんだよー」

「…………」

 これ、一度狼を演じたら栗山さん二度と僕の前でお酒飲もうって思わなくなったりするのかなあ。でもなあ……でもなんだよなあ……。

 違うよなあそれは……どっちにもいいことないし、なんなら僕がトラウマになる気がする。

 舐められているような気もしてやや釈然としないなか、テーブルの側についてほかほかの湯気がたつご飯がよそわれた茶碗を栗山さんから受け取った。

「とりあえず……そういう台詞も気安く誰かに言わないほうがいいかと……」

「わたし、今のところプライベートで関わりある男の子上川くんしかいないよー?」

「…………」

 今日何回殺された? 何この「生涯〇〇」宣言みたいな。

「あれ、上川くんまだお酒飲んでないよね? なんで顔赤いのー?」

 少しニヤニヤした表情をこちらに向けた栗山さんは、さらに味噌汁の入った茶碗も僕に渡してくる。

「……あれですよ、湯あたりしたんですよきっと」

「そっかぁ、そうなんだねー」

 どうにでもなれ、もうどうにでもなってくれ。

 もはや何度目になるかわからない一緒に食べる晩ご飯、いつも以上に僕は胃がミシミシと軋む音を聞きながら僕はご飯を食べ進めた。


 例によってなし崩しに栗山さんは僕の家に泊まることになり、僕が食器の片づけをしている間に栗山さんはお風呂に入ることになった。

 ひたすら無心になりつつ僕は食器を洗う。耳を掠めるのはシャワーからお湯が流れる音に、なんかとなんかがこすれる音。

 ……上がってから洗うか、洗ってから入ってもらえばよかった気がする。

 ……こ、これはきつすぎる……生殺し過ぎる……。

 言いたかないけど、ほんと言いたかないけど。

 ほぼ毎日に近いように栗山さんが僕の家に泊まると何が起きるか。

 ええ、多分予想通りですよはい。僕だって普通に性欲のひとつやふたつ持ってますからねえはい。

 失敗した……うーん。あ。

 気が付くと食器用洗剤を掛け過ぎてシンクにはでかすぎる泡が広がっていた。

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