第86話 お酒は二十歳になってから。ゆっくり、適量で楽しみましょう。
「……ぷくー」
僕がそれから家に着いたのは、六限が終わる時間くらい。お怒りラインを連投していた栗山さんは家の玄関に背を持たれて頬をハリセンボンのように膨らませていた。
文字通りちゃんとむくれているのが面白いというか。っていうか片手にあんぱん持っているし。え、張り込み? 実は楽しんでいたりする? そのビニール袋のなかに紙パックの牛乳とか入っていないですよね?
「……だから用事があるって言ったじゃないですか、屋根があるって言ったって跳ね返りとかあって濡れないわけじゃないですよね? ……まさか三限終わりからここにいたんじゃないでしょうね?」
「ふんだ」
あ、これ三限終わりからいたパターンだ。……言葉はこうで視線は合わせなくてもツインテールの髪はぴょこぴょこと、どこか嬉しそうに跳ねているからなあ……。
「機嫌悪いままなら帰ってもらってもいいですよ、別に無理に泊めてあげる義理は僕にはないので」
と少し意地悪なことを言いつつ僕はドアに立ちふさがる栗山さんをひょいと横にずらし鍵を開ける。ほんと、猫を抱き上げるような感じにね。
「っっ」
栗山さんはまさかそんなことをしてくると思わなかったのか、体を硬直させて少しの間何も言わずに立ち尽くしている。
「……で、入るんですか? 家」
「もう……上川くんの意地悪」
入るんですね。
「晩ご飯どうします? 雨降っているんで外行きたくないですし、家にあるものでどうにかしちゃいますか?」
「どうにかするからいいよー」
敷居跨いだ途端あっという間に上機嫌になりましたね。単純というか、わかりやすいというか。
靴を脱いで自宅のようにスムーズに洗面所で手を洗って台所に立つ栗山さん。調味料が入った棚を開け、
「はれ?」
「ああ、料理酒なら僕が使い切っておきました。同じ手はもう通用しませんよ?」
きっと、この間の肉じゃがと同じ手段を講じようとしたのだろうけど僕も馬鹿じゃない。
……お酒のせいでチャンス逃してたまるか……。
「ええー、そんなあ」
落胆の声が台所から聞こえてくる。僕と言えばカバンを部屋に置いて届いていた郵便物の確認をしている。
「いいもん、じゃあ今日は普通にお酒飲むもん」
「栗山さんが飲む前に僕が飲むんでだめでーす」
「だったら今飲んじゃうもん」
そして冷蔵庫が開けられてパシュっと缶が開けられる音がする。
え? 嘘だろ?
「ちょ、ストップ、ストップ!」
僕は持っていたハガキを机の上に放り投げて急いで台所へと駆けて行った。
もう缶に口をつけて今にもアルコールを摂取するというところでなんとか栗山さんからチューハイをひったくり、一呼吸挟んでから空にした。
「……まじでいきなり何しているんですか……」
家の冷蔵庫にアルコール置くのやめようかな……。たまに一人で宅飲みするから常備していたんだけど、栗山さんの道具にされちゃたまったもんじゃないし……。
「だって……上川くんが構ってくれないから」
拗ねたように唇をとがらせていじらしく言う栗山さん。……最近気づいたけど、結構寂しがり屋だったりする? 深川先輩のときも、僕が頼られたとき僕に嫉妬したって言っていたし。しばらく会わなかったりすると「寂しかったんだよ?」って僕に言ったりするし。
猫なのか犬なのかはっきりしてくれえ……。マイペースなところは猫っぽいし、今言った点は犬っぽいし。忙しいな飼い主……。ん? もしかして僕か?
「なんか最近上川くん、前よりわたしの相手してくれなくなった気がして……色々用事とか作るようにもなったし」
もしかしなくてもこれ嫉妬だ。噂に聞くやきもちって奴だ。
「いきなりそうなったら、わたしだって寂しいし、不安にもなるんだよ?」
潤んだ目で僕を見上げないでください。反則です。毎度毎度あなたは僕を色々な手段で殺しにかかってますよね? 萌え殺し、生殺し、恥ずか死なせる。そろそろ無自覚テロリストに加えて、狙った野郎は必ず殺すヒットマンみたいな二つ名つけますよ。
「……べ、別に栗山さんが寂しがるような用事はないんで大丈夫ですよ。第一、こう頻繁に栗山さんが家に来ているのに他の女性と関われるはずないじゃないですか」
言っていて悲しいけど。さっさと付き合えばいいんだけど。
今チャンスって思った? 僕も一瞬思った。でもね、あまりにも勢いよくチューハイを飲んだせいか。……僕の服に零れて、なんかフルーティーな匂いがしている。台無しだ。
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