第84話 教室の後ろは大抵寝るかスマホいじるかトランプするか。この三択が多い(勉強しろ)。
と、まあテロリスト栗山さんの攻撃をなんとかしつつもその日は終わり、七月最初の木曜日。五限。
僕は大教室の一番後ろに席を取って周りの様子を窺っていた。
探しているのは、この間フリーマーケットで見た学生。これからここで行われるのは、仏教概論だ。
大教室なので履修者はそれなりに多く、きっと百人はゆうに超えているだろう。そのなかからあの学生を探し出すのも大変だし、そもそも今日授業に出るかもわからない。
しかし、手がかりらしい手がかりがこれしかないのならこの授業に潜るしかない。幸い木曜日は三限で終わるし、これ以降本当は暇だ。問題はない。
ただもうひとつ……気がかりなことがあるとすれば。
さっきから僕のスマホが通知で埋め尽くされていること。栗山さんから、「あれ、今日は三限までだよね? まだ帰ってないのー?」とか、「家の前で待ってるねー」とか「はれ? 用事あったのかなあ、でも雨降っているし、動けないんだよねー」とか送られてくる送られてくる。
あの人、僕の帰宅時間まで把握して家に来ているというのか。怖い、怖すぎる。
しかし僕はそれらに対して一言「今日は五限に用事があるので遅くなります」。はい、終わり。
さて。そうこうしているうちに教授がやってきて今日の講義分のレジュメを配り始めた。どうやら前のほうにまとめて置いて自分たちで取ってきてという手法のようだ。
ラッキー。これなら簡単に彼を探せる。
プリントを求めて長蛇の列を作る学生たちのお尻につき、続いてA3の紙一枚を貰う。引き返す際、ぐるっと教室中を見渡すと──
いた。教室中央付近、一人で座っているあの男子学生だ。
場所さえ捉えてしまえばあとは授業が終わるのを待てばいいだけ。
僕は安心してもといた一番後ろの席に戻る。一番後ろを取ったのも、途中退出とかされてもいいように、行動を見ることができるようにするため。
「プリントは行き届きましたか? それでは始めます──」
その一言を皮切りに授業は始まったけど。
うん、落単って言われるだけあるね。何話しているかさっぱりわからないや。まあ、まったく知識のない授業を途中だけ受けているからかもしれないけど、周りの学生みんな寝ているのを見ても、大差ないんだと思う。僕も彼を見るって使命がなければ寝ているよ。きっと。これはすごい。
……でも、あの学生、きちんと話は聞いてノートも取っているんだよなあ。てっきりフリーマーケットに来る学生って星置みたいなクズ大学生しか集まらないものだと思っていたけど、そういうわけでもないようだ。
しかし、それでも単位に困っているって……結構な苦学生だったりするのかな。学費のためにバイトしているとか、特待生で成績を落とせないとか。
そして苦痛ともいうべき授業が終わり、教室が騒がしくなる。僕は今だとカバンを持って急いで彼のもとへと向かう。
「あ、あのっ」
彼はもうこれから教室を出るってタイミングだったようで、いきなり話しかけてきた僕に不思議そうなものを見る目を向ける。
「え、えっと、なんですか?」
「この間の日曜日、フリーマーケットにいた人ですよね?」
僕がそう言うと、彼は身震いをして視線を逸らした。
「……ど、どうしてそれを? というかあなたは誰なんですか?」
「あ、すみません……僕は国文学専攻三年の上川って言います。ちょっと事情があって、あのフリーマーケットを開催している団体について調べているんです。僕もフリーマーケットに行っていて、それであなたのことを見かけたので」
「あの……団体を……?」
どこをどう斜めから聞いても何かあったなこれって思う反応だ。やはりビンゴだ。
噂通り、あの団体は真っ当なものではない。
「はい。三十分くらいでもいいので、時間頂けないでしょうか?」
「……今日はもう授業もないので、構いません」
「じゃ、じゃあ0号館の五階でいいですか? あそこは人も少ないですし」
「はい……」
と、なんとか話を聞くことにこぎつけた。時間を確認するためにスマホをつけたら、「もう、遅いよ上川くん。わたし待ちくたびれたからね。ぷんぷん」と最後に顔文字までつけたお怒りラインが来ていた。
ぷんぷんって……言うのか?
これは帰った後……栗山さんの機嫌を取るのが大変そうだなあ……。
3号館から0号館へと移動する道すがら、そんなことを考えた。
外はまだ、雨脚が強く、水はけの悪いキャンパスの道には水たまりがそこかしこに出来上がっていた。
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