第82話 甘い話って面白いくらい裏があるから怖いよね。
「あ、仏教概論取っているの? なるほど、キツ単引いたかあ、え? しかも語学の先生も外れ? 君ついてないねー。そりゃあ裏技も聞きたくなるよね」
教室の一角、スタッフと書かれた腕章をつけた同じ学生らしき男性が一人の男子学生と会話している。
僕は既に単位に夢中になっている星置と、ただついて来ただけの栗山さんをそっちのけでその会話に聞き耳を立てる。
「そんな可哀そうな時間割にしてしまった君に朗報だ。今回限りで、……れと、……あの教科書プラス、二度とこんな間違いをしないために小冊子の楽単・落単情報を買ってくれたら、特別に……を教えようじゃないか」
所々声が潜められ、全てを聞くことはできなかったけど、どうやらセールスをしているようだ。
その話を聞いて、完全に釣られたその学生はうんうんと頷いて「買います」と購入の意思を示していた。
「毎度ありー。じゃあ、教科書持ったら、ここを出て真っすぐ進んだ突き当たりの教室に行くといい。そこにいるスタッフに、この紙を渡せば入れるはずだから。じゃあ、頑張って単位取るんだよ」
と、にこやかに学生を送り出したスタッフは、次のセールスの相手を星置にロックオンしたようだ。
「どうもどうも、あなたも単位にお困りで──」
僕はやはり盗み聞きをしようと思ったけど、ツンツンと誰かに肩を叩かれてそっちのほうに反応してしまう。
すると、
「ピッ。えへへー、引っかかったー」
……振り向いた方向の、つまり右頬に人差し指がさされた。ああ、あれか。俗に言うトントンピッみたいなやつか。
「……なんですか、栗山さん」
「むう、だって、せっかく一緒にいるのに全然かまってくれないんだもん」
……僕は、一体どういうゲームをやっているんだ。これ難易度最高じゃない? よわい・ふつう・つよいの三段階が基準ならその上を行くパワフルだよねこれ。
だって、敵よりも味方が邪魔をするんだもの……。
「場所を考えてくださいよ。こんな大学で普段通りにするわけにいかないじゃないですか」
栗山さんは僕の言い訳を聞くなりぷくぅと頬を膨らませたのち、パッと何か思いついたような表情をする。
「あっ、だったらお家でだったらもっとかまってもらえるの? うれしいなあ」
……この人の頭のなかはお花畑か。事実だろうけど。
「今日の夜は楽しみだなあー。ふふふー」
え、今日も僕の家来るんですか……? しかもどんな想像をしているんだこの人は。まさかまたお酒の力を借りるつもりではないでしょうね。
「──買いますっ」
心のなかで突っ込みを入れていると、迷えるオレンジボーイ星置は、まんまとセールスに乗せられて教科書類を購入していた。
しかし、さっきの学生に渡していた紙のようなものは、星置には配られなかった。
「いやー、これで俺の単位も安泰だなっ、上川。今期はお前に泣きつくことがなくなりそうで嬉しいわ」
ほくほく顔でキャンパスから駅に向かう僕ら。まだ雨脚は弱まっていなくて、傘を差していても跳ね返りでズボンが濡れてしまう。
「お前……本来の目的忘れてはないだろうな」
栗山さんに聞こえないように、そっと小さな声で指摘する。
「……いい人だったな? スタッフのお兄さん」
忘れてたな、こいつ。
「まあいいよ。とりあえず次の足掛かりは掴んだし」
「え? ほんとに?」
信じられない、というような顔を奴は浮かべる。
「……とりあえず、今度仏教概論の授業に潜って、さっき一緒にいた男子学生に話を聞いてみよう。あの別室で、一体何を話されたのかを」
「ああ、さっきの不運に不運が重なった男子に?」
「……もしかしたら、何か団体についてのことを知る一歩になるかもしれないしね」
「それにしても、仏教概論に語学が
「そこまでついてないの?」
語学の先生はガチャってよく言われるけど、あまり僕はそれを実感していない。単に当たりの先生を引いているだけなのか、僕の普段の勉強が実を結んでいるのか。
「井藤は英語のなかでも最悪に近い。授業の内容意味わからない、教科書の英文難しすぎ、単位取得率四割の三冠王」
「……それは可哀そうだな」
そこまでついてないと、確かにこういう機会に救いを求めてしまうのかなあ……。
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