第75話 春から大学生の読者に告ぐ。友達は大事だ、ボッチで単位は(基本)難しいぞ。

 ホラー映画事件から少し経ち、梅雨も本格的になってきた。ぼろい家と大学のキャンパスには常に水が雨漏りするようになり、さらにはどちらも道の水はけすら悪いので下を向いて歩かないと靴がびしょびしょになってしまうというフルコースだ。

 足元に気を遣いながら教室までの道を進む。少しズボンの裾を濡らして教室に入り、真ん中あたりの座席に座る。今は昼休みということで、大教室にはお昼を食べている学生の姿が目立つ。

 そんななか、オレンジジュースの紙パックを片手に近づいてくる一人の男子学生の姿があった。

「お疲れ、オレンジボーイ」

「その呼びかたやめてくんないか? 上川」

「だってねえ、オレンジジュース飲みながら近づいてきたらそう言うよね」

「隣いいか?」

「いいよ」

 火曜三限の授業、大教室で行われる国文学作家作品研究は、星置と履修が被っていたので一緒に受けていた。

「この後四限は? 空いてる?」

「いや」

 空いていたら一緒に学食かどこかで暇を潰そうかと思っていたけど。空きコマじゃなかったけ。

「この間の合コンの代返があるんだ」

「……そういえばそうだったな。で、結果は?」

「……撃沈だよ。あえなく」

「まあ、その……頑張れよ」

「……ああ」

 僕は報われないオレンジボーイに心のなかで敬礼し、授業の準備をした。

「なあ、上川。……お前って野郎の相談でも受け付けているか?」

 すると、どこかシリアスな雰囲気を漂わせながら、星置は僕に聞いてきた。

「……え? いや、誰でも話は聞くけど……どうかしたのか?」

 予想していなかった同級生の発言に、僕は声を潜めて答える。

「まだ、大丈夫かもしれないけど、もしかたら……でな。それだけ聞きたかったんだ。サンキュな」

「あ、ああ」

 いつになく真面目な顔で眉を下げ言う彼に、僕はそう返す。

「なあ、上川も今度一緒に俺と合コン参加してくれないか? 商学部の一年女子とセッティングできそうなんだけど、男の数が足りなくてさ。島松は彼女いるし、サークルの奴はオレンジジュースバカばっかだから呼びたくないしで、あと上川しかいないんだ、頼むっ」

 話が変わって今度は合コンかよ。というか、(合コンなどの話を)持ち込ませずはほんとどこに行った。

「ええ……? 合コンって……」

 行きたくねえ。っていうか今栗山さんにどうやって「付き合って」と言うかに腐心してるのに、合コンとか行っている場合じゃないし……。

「いや、僕そういうの行ったことないし、別に出会いとか求めてないから」

「……そうかそうか、そういえばお前には電車のなかでいちゃいちゃする可愛い女がいたもんな裏切り者」

 ……切り替え早い……。表情見せられないものになってるよこれ。っていうか、他人には三原則を要求するんだなこいつ……。

「……別に、彼女とはそういう関係じゃないし……」

 なれるならなりたいわ寧ろ。

「じゃあどういう関係なんだよ」

「……同じ学科の先輩」

 これが一番正確かつ、星置を刺激しない言葉のチョイスか。

「顔とかタイプだったからじゃあ紹介してくれよ上川あ」

「……それは嫌だ」

「なぜだ。やっぱりつまりはそういうことなんだろ上川、吐け、吐くんだ。もうネタは上がってんだ」

 僕らは教室でなんて会話をしているんだ。周りに聞かれたら恥ずかしいったらないよ。

「あーもう。面倒だなあ。……僕が狙ってるからお前には紹介しない。それでいいか? 満足か?」

「……お、おう。さすがに俺も寝取りの趣味はないから、それならいいわ」

 話が分かる奴でよかった。……でも、

「だから、まだ付き合ってはいないんだって……」

「あれで付き合ってないのか? あんなべったりして」

 うう……星置にまで言われた。古瀬さんにも傷抉られたし、これで綾に加えて三人目だよ、いじられるの……。辛い……。

 やがて教授がやって来て、僕らのバカな会話は一旦幕を閉じた。授業中、隣からいびきが聞こえてきたが、僕は聞こえないふりを続け、奴にノートは見せないことを決意した。

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