第74話 もうホラー映画を見ないなんて言わない。嘘。
同じ部屋、違う布団で寝るってことはまあ今まで何度もあった。
しかし、今日に関しては話が違う。
同じ部屋かつ、同じ布団。そして、予想通り僕の背中にぴったり抱きつくような形で横になっている栗山さん。豆球だけついた部屋の照明は、真っ暗とは言わないけど、普通に暗い。
僕は抱き枕かなって思うくらい両手はきっちり僕の胸の前で交差している。これで寝息が聞こえればまあ安心(いやきっと寝息が聞こえたらそれはそれで寝られないんでしょうが)なんだけど、聞こえるのは栗山さんの鼻をすする音だけ。
寝られるかい。こんな状況で寝られるかい。前門の腕、後門の胸状態だよこんなの。正直に言うよ、もう開き直っているから言うよ。
当たってます。お酒のとき以上に当たってます。そして前みたいに振り払うわけにもいかないので、僕は非常に困っています。
オーケーゴーグル、こういうときに寝つくための方法を教えて。
あ、僕りんごのほうだから「Hey」のほうか。しまった。
……とりあえず、こういうときは壁についているシミの数でも数えればすぐ終わるって聞くし。そうしよう。えーっと、ひとつ、ふたつ、みっつ──
──ひゃく、ひゃくいち、ひゃくに……って、壁にシミつきすぎでは? まあ、家賃安いし……ボロいし、壁薄いし……今度大家さんに言って壁紙張り替えてもらおうかなあ……。
「ぐすっ……」
それで、まだ栗山さんは寝てないし。なんか僕の背中湿っている気がするのは気のせいだよね?
「……まだ寝られないんですか?」
耐えかねた僕は、後ろにいる栗山さんにそう尋ねる。
「……あ、あのね……」
「はい」
「……さっきからずっと、トイレ、行きたくて……」
僕が壁のシミを数えた時間を返してくれ。ベッドに入る前に言ってくれ。なんでひとつ年上の女の人のトイレに付き合わないといけないんだ僕は。
「はぁ……わかりましたよ、ついていけばいいんですね、ついていけば」
何も返事は聞こえないけど、背中で顔が縦に動く感触がしたから「うん」ということだろう。
僕は布団をはいで、ベッドから立ち上がろうとするけど、栗山さんが背中から離れてくれない。
「あの……離してくれないとトイレにも行けないんですけど」
「……おんぶ」
はぁ? おっといけね、一応年上。年上だぞー。……それでもはぁ? だよ。え、本当に幼児退行してる? 栗山さん。……勘弁してよ、おんぶって……それこそ小学生のときに綾にやって以来だよ……。
しかし、だ。きっとこれもおんぶしないと栗山さんは動いてくれない。それは色々とまずいので仕方なく僕は言うことを聞くことに。
「わかりました、わかりましたから、だったら一旦ベッドに座るんで、それでも腕離してください」
「……うん」
こんなに苦手なのにどうしてホラー映画なんて借りてきたのか。こうするのが狙いにしても体張りすぎでは……?
僕は栗山さんを背負い(そのままの意味で使う場面ってそうそうないよね)、徒歩五秒でつく玄関脇にあるトイレに連れて行く。……重いか軽いかの言及はしないでおく。もうそれどころではないから。
「ほら、着きましたよ、言われなくてもドアの前で待ってますから」
こくんと頷いて栗山さんはトイレに入る。
……どんな拷問だよこれ……少しでも気を抜くと反応するぞこんなの……。
うん、二度と栗山さんにホラー映画を見せてはいけない。栗山ブラックリストが出来そうだね。お酒・ホラー映画・弱み。あとどれだけ増えるだろうか。
やがて半べそかいた状態の栗山さんが出てきて、無言で僕の背中に乗る。あ、帰りもおんぶなんですね。わかりました。上川タクシー、いっきまーす。
もうこの後は特に何も起こらなかった。いや、栗山さんは変わらず僕の背中にひっついたままだし、僕は眠れないしで何も変わっていないのだけど。しかし、やっと泣き虫の栗山さんが寝息を立てた瞬間、僕はようやくか……と胸を撫で下ろすことになった。
意図しない徹夜、第二弾でした。寝られるわけないね。彼女が「昨日はありがとうね、上川くんっ」と満足そうに家を出て行ったあと速攻でベッドに入って眠りについた。
あなたは思う存分僕に甘えられたからいいかもしれませんが、僕は全然よくなかったですと声を大にして叫びたかった。叫ぶ前に寝たけど。眠い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます