第73話 ホラー得意ではないって言う人は本当に苦手だから無理強いはダメだよ。

 テロに屈した僕は綾が帰った後、お互いお風呂を済ませ栗山さんは僕のジャージ、僕はスウェットという部屋着になり借りてきたというホラー映画を仕方なく見ることにした。……あまりアニメ以外の映画見ないからなあ……。ましてやホラー映画って……まあ、たまに島松、星置と遊ぶときに徹夜でホラーゲームはやるから多少耐性はついていると思うけど。

 お風呂上がり特有のちょっと湿った空気のなか、肩と肩とがぶつかるくらいの距離感に並んで、ベッドの側面に背中を預ける。

「……じゃあ見ますけど、栗山さんってホラーいけるんですか?」

「うーん、得意ではないかなあ」

 リモコンの再生ボタンを押し、

「本当になんで借りたんですか……?」

 再び感じた疑問をぶつけつつも、僕は始まった映画に意識を傾け始めた。

 映画は洋画の定番と言ってもいいホラー作品で、深夜の山小屋に殺人鬼が出てきて登場人物を殺しまわるというものだった。序盤からなかなかにグロいシーンも登場して、それが出てくるたびに僕の右袖がぎゅっと強く握りしめられるのを感じた。

 中盤になるとメインどころの、主人公の親友キャラがそれはそれはエグい殺されかたをして、その瞬間になると握りしめられるのではなく、僕の体に顔を埋める栗山さんの姿があった。

 ……たまにあざといところ見せるというか……。まあ言っちゃったしね自然にこうできるって……。

 そして映画は終盤に突入。主人公とそのボーイフレンドのイケメン君がなんとかふもとの警察署まであと少し、というところに達したところで、イケメン君が殺されてしまう。いや、普通にビビった。まさかあんな距離から殺しにかかりますか、ゲームかよ。

 ん?

 ふと隣に目をやると、ガタガタ震えながら僕の伸ばした足にしなだれる栗山さんが映った。

「う、ぅぅ……」

 なんなら恐怖のあまり鼻水出して泣いてるし。よく見たらゴミ箱のなかティッシュでいっぱいになってる。どんだけ鼻かんだんですか。

 ラスト、なんとか主人公の子が警察署に助けをもとめて逃げ切ったところで終了……と思いきや、ラストカットでその建物の窓を誰かが割るシーンが入るというなんとも不気味な終わりかたをした。

 ……これ、2もあるなきっと。

「終わりましたよ、栗山さん」

 テレビの電源を落とし、顔を埋めたままの隣の彼女に僕はそう声をかける。

「お、おわった……?」

「途中からずっとそうしてましたよね、得意じゃないというか、全然ダメじゃないですか」

 うん、これは自らホラー映画を借りてはいけないタイプだと思った。

「だ、だっで……ぅぅぅ」

「あーほらティッシュティッシュ……って箱全部使い切ったんですか」

 ほぼ満タンにあったボックスティッシュが……。空になっている。

「台所から替え取ってくる……んで。栗山さん、袖の手離してください。スウェットが伸びます」

 立ち上がって新しいティッシュを取ってこようとするも、栗山さんに引っ張られて動けない。

「ひ、ひとりはこわいからやだ……」

「……すぐそこなんで五秒で帰ってきますって」

「……やだ」

 幼児退行してる……? この人お酒に酔うのも早ければ、ホラー映画もアウトって……。

「……じゃあ、一緒ならいいんですか?」

「……うん」

 いつになく甘えん坊だなあ栗山さん。ぐずる栗山さんを連れて台所から新品のボックスティッシュを持ち出し、部屋に置く。何回か鼻をかんでもらって落ち着いたところで、

「じゃあ、そろそろ寝ますか」

 時間もいい時間だったので、僕はそう提案する。押し入れから来客用の布団を敷こうとすると、これまた栗山さんに服の裾をくいくいと引っ張られ、

「……ひとりで寝るの……こわい」

 と涙顔を俯かせながらそう言うではないか。

 ……一瞬萌えた僕がいた。しかしすぐに頭を振って落ち着こうとする。いや待て僕。こういうのが許されるのは、付き合った男女か、ラブコメの登場人物のみかだ。

「だ、ダメですって……さすがに同じベッドで寝るのは……色々と」

 しかもきっとこの様子だと僕の背中にくっついて寝るんだろ? 今まで以上に生殺しだよ。これで我慢したら僕えらいと思うよ。理性の塊だよね。

「ぐすん……お願い、上川くん……」

「っっ……き、今日だけですよ……」

 言ってしまえば、これもテロなわけで、本日二度目の陥落をすることになってしまった。

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