第72話 事件は会議室で起きているんじゃない、押し入れで起きているんだ。

 晩ご飯も終わり、時計を見ると午後八時。

「綾は何時に帰る?」

「そうですね、九時半くらいにはここを出ようかなって思います」

「おっけー、じゃあその時間になったら解散にしましょうか」

 ニコニコしながら頷いている栗山さんに、一応、僕は伝える。

「言っておきますが、今日は栗山さんも帰ってもらいますからね」

「へ?」

「……栗山さん、今週何日僕の家に泊まりましたか?」

「えっと……えっと……四日?」

「ってそれほぼ毎日じゃないですか!」

 鋭い突っ込みありがとう綾。

 ……そう、今週この人は、水曜日以外僕の家に泊まっていった。さすがに多すぎる。今日も泊まれば週五になる。……僕の家は勤務先か何かかな? 完全週休二日制なのは僕の家ってどういうことなんですかね? これであと一日来たら週休二日制の出来上がりですね。僕の突っ込みも過労死ライン突破しそうで怖いなあ。

「……それに、栗山さん実家ですよね? こんなに外泊続けていたら家族の方とか心配するんじゃ」

 というか、いつか栗山父に僕刺されるんじゃないかと思えてきた。今更だけど。

「それは大丈夫だよー。わたしの家、放任主義だからー」

「「…………」」

 僕と綾はその単語を聞いた瞬間、顔を見合わせた。そしてきっと同じことを思っただろう。

 それ、放任じゃなくて成人したからもう諦めたんじゃ……。

 なんせ公園で猫と昼寝、毎年恒例栗山捜索隊結成といったエピソードを持つ栗山さんだ。その親ともなれば……うん、そうなるね。

「綾、なんとしてでも今日は栗山さんを八王子駅まで連れて行ってくれ」

「了解です、よっくん」

「しっかり横浜線に乗り込ませてからだぞ? 栗山さんのことだ、改札入ってすぐ別れたら、あらゆる手段を使って僕の家に戻ってくるかもしれない」

「ラジャー」

「えー、せっかく今日の夜上川くんと見ようと思って映画のDVD借りてきたのにー」

「じゃあひとりで見てください」

「……ホラー映画なのに?」

「なんで借りたんですか……」

「……自然に上川くんのそばにひっつけると思って……」

 な、なんていうか……その……はい。この人は欲求に素直だった。そうだった。

「お熱いですね、ひゅーひゅー」

「キャラぶれてない? 綾。そんな性格だっけ」

「……やってられませんよ。ここまでいちゃつく気満々の人相手に何も進展させない幼馴染を見ていられません、私は」

 処置なし、といったように両手を広げてみせる綾。表情も呆れてものを見る目になっている。

「とーにーかーく、今日は自宅に帰る、いいですね?」

 まったく、駄々をこねる子供をあやすような感覚だ……。しかし、まあ、ここまで言えばなんとかなる……、

「むぅ……」

 と思いきや、頬を思い切りむくれさせた栗山さんはすっくと立ち上がり、部屋の隅にある押し入れの扉を開けた。

「なっ──ちょ、ちょ栗山さん何を……!」

「ふふふ、上川くんの『お友達』はわたしが人質に取ったっ。身代金としてわたしを家に泊めることを要求するっ」

 待て、どうして栗山さんが押し入れのなかにある「お友達」の存在を知っている。コンビニバイトで仕入れた情報以上に何か持っていたのか……! っていうか、まずい、押し入れのカラーボックスのなかは他人に見られたまずいやつが詰まっているから……。まずいまずいまずい!

「……落ち着きましょう、栗山さん。この争いは何も生みません。とりあえず、人質を解放してください」

 人質じゃなくて、物質だけどね。もうなんでもいいや。

「十五秒以内に要求が受け入れられない場合、このカラーボックスのなかにある上川くんの『お友達』全部をひっくり返すぞー」

「綾、作戦中止だ」

 ……ああ、最悪だ。何もかも。

「……よっくん、私知ってました。そこに何があるのか」

 そして追い打ちをかけるように幼馴染の言葉が刺さる。あ、そっか。僕の性癖掴んでたんだもんね。そうかそうか。

 ……僕はテロに屈した。

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