第71話 猫の寝ている姿って眺めているだけで癒しになる。
その後、晩ご飯もできて、あとは栗山さんが戻ってくるのを待つだけになった。夕方六時過ぎに、外のほうから音程の外れた鼻歌が聞こえてきた。僕はインターホンが鳴る前に部屋から玄関に向かう。その姿を見た綾が、
「……慣れてますね」
と一言。……嫌味かな。すぐにピンポンと栗山さんの到着を知らせるチャイムが響く。
「はーい」
「ただいまー、上川くんっ」
……待て待て待て。ここは僕の家であって栗山さんの家ではない。
「……綾、見なくてもわかる。そんな顔するな」
僕は渋い顔を栗山さんに向けつつ、きっと後ろでこれまた毒を見るような目つきで僕らのことを眺めているだろう幼馴染にそう言った。
「いや、そんな顔しますって……『ただいまー』って……同棲でもしているんですか?」
「断じてない」
「ですよね」
流れるようなやり取りで事実関係を確認し、栗山さんは部屋へと上がり込む。
「わあ、今日は幼馴染ちゃんが作ってくれたんだ」
そういえば、なんやかんやでこうやって綾と栗山さんと僕でご飯を食べるのは、初めてかもしれない。色々タイミングがずれていたから。
「わたしもうお腹ぺこぺこなんだー」
そう言いニンマリ笑みを零す年上の彼女はお腹をさすりながらご飯の並んだテーブルの側に座る。
「あ、上川くん、お酒飲んでもいい?」
さも当たり前かのように彼女はそのまま僕に尋ねる。
「駄目です。今日は綾もいるんで却下です」
即否定するも、
「……私に見せられないようなことを始めるんですか? お酒に酔うと」
墓穴を掘ったかもしれない、さっきよりも綾はドン引きしている気がする。
「……もしかして、付き合ってもないのに」
「そんなことはないから安心しような綾食事前だぞそういう話ははしたないとお兄ちゃん思うなー」
……背筋、肝に続けて今度は首筋に冷たい何かが流れた気がするぞ?
「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいからさ、あとは上川くんにあげるからっ」
「駄目です。一滴飲んだだけでべろべろに酔っ払うので駄目です。どさくさに紛れて僕の家に泊まろうとしているのかもしれませんが駄目です。たまには家に帰って下さい」
慣れてきたとはいえそれでも同年代の女子と同じ部屋で寝るって色々あるんですこっちには。
「そんなにお酒弱いんですか……? 栗山さんって……」
なんか、ごめんな綾。今日ずっとそんな顔しているよな。サプライズのバーゲンセールかってくらいここに来てから驚きっぱなしだよな。
「うん……料理酒入ったもの食べても駄目……一滴たりとも怖くて飲ませたくない」
「え、で、でも……ゼミとかで飲み会とかあるんじゃないんですか? そういうときって」
「えへへー、家か上川くんがいるところでしかわたし飲んでないよー?」
「……信用されてますね、『上川くん』」
「やめて、今その言いかた悪意を感じる」
「悪意を込めたので」
「……ご飯に、しよ?」
話せば話すほど僕がいたたまれなくなるので、無理やりご飯にすることにした。というか、ロールキャベツ冷めちゃうし。
なんか、変な気もした。普段は栗山さんか、綾のどちらかとだけご飯を食べてきたなかで、こうして三人でテーブルを囲むときが来るなんて。
結構、楽しかったし。色々な話で盛り上がった。まあ、主に栗山さんの天然というか、ほわほわエピソードに僕と綾が吹き出す形でだけど。突っ込み役が一人増えるだけでこうも楽になるのかとすら思った。……いいのかそれで?
でもねえ、小学生のときに公園の野良猫が昼寝している姿を眺めていたらそれにつられて栗山さんも公園で寝てしまったとか、学校の遠足で大抵一人だけはぐれて栗山捜索隊が毎度立ち上がるとか、吹かないわけがない。
……昔っからこんな感じは健在なのね、栗山さん……。
愛されキャラというかゆるキャラというか、でも一歩間違えれば迷惑がられるだけの存在というか。小学校からの親友の深川先輩、どれだけ苦労したのだろうか……。敬礼ですね。
「……ほんと、よっくん、栗山さんの手綱強く握っておかないと、どこにふらふらと行きだすかわかりませんよ……? これ」
ふと僕にだけ聞こえるような大きさで囁いた綾の言葉は、的のど真ん中を射貫く正論だった。
うう、耳が痛い……。
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