第68話 さて、話中にオレンジジュースは何回登場したでしょう。
「……そ、そんな……嘘だろ? オレンジジュース研究会が、俺を非モテへと導いていたというのか……?」
呆然、といった様子で星置は箸で掴んでいたとんかつを味噌汁に落とす。
「……お前も十分きたねーよ」
「ほ、星置君も……ティッシュ使います?」
「あ、ああ……ありがとう古瀬さん……」
星置はティッシュを受け取るも、まったく関係ないところを拭きはじめる。あ、だめだこいつ。僕は星置の手からそれをスパッと奪い、跳ねた汁を拭く。
「っていうか、オレンジジュース研究会って何をするサークルなんだよ。名前聞いても思いつかないんだけど……」
使い終わったティッシュを丸めて、既にあるものとまとめる。
「ああ、活動は単純だ。色々なメーカーから出ているオレンジジュースを買って試飲する。甘さ、酸っぱさ、深み、色味、味の濃さ等々分析して百分率で評価、最高のオレンジジュースはどこなのかって研究をしているんだぜ。あとは、オレンジジュースを自作する」
そんなパソコンを自作するみたいな言いかた……。
「いや、結構悩むんだぜ? オレンジをどこのにするか。そもそもオレンジを絞るのか、みかんを絞るのか。産地は日本か国外か、果汁は百パーセント固定だから、ごまかしが効かないものを作らないといけないし、メンバー全員オレンジジュースにはこだわりを持った奴だから、下手なもの作ると最悪退会にもなる」
「無駄に体育会系だなおい……」
「そんな感じの活動を週に一度やっているんだ。メンバーは男ばっかりだけどな。華がなくて困っているんだ」
「まあ、オレンジジュース研究に大学生活棒に……送りたくないよな」
いけね。本音が出てしまった。
「仲間意識は強いけどなあ……春休みに合宿もするし」
「何するんだよ合宿って……」
「一週間オレンジジュースオンリー生活」
「……正気の沙汰じゃねえな……」
「朝はなつちゃん、昼はポソジュース、夜は純水みかん」
「しかもそういう分類なのかよ」
「中日に飲むオレンジーナがうまいことうまいこと」
「…………」
「過去合計の脱落者は三桁を超えるらしい」
「どんだけ続いているんだよその伝統……。そりゃ男しか残らないって」
そして目の前で味噌汁を吸ったとんかつを食べている男も、一週間オレンジジュースオンリー生活を耐えたということ。……そんなきついトレーニングして体バッキバキになりましたとかじゃないしなあ……それはモテないよ。
「俺のゲームよりもよほど酔狂だと思うけど」
「し、島松君がそれ言う……?」
しかし実際そうだからなんとも言えない……。
チェリーズ同盟改め、オレンジボーイ星置は最後のとんかつとサラダを口に入れて、定食を食べきった。すると、
「おっ、
オレンジボーイは近くを通りかかった一人の男子学生に声を掛けた。
「あっ……星置先輩。どうもっす」
どうやらサークルの後輩らしい。……ということは彼もオレンジジュース生活を耐えきった強者ってことか……。とてもそんなふうには見えないけど。なんならやせ型で見ていて不安になる体つきだし。
「どうした、なんか顔色悪くないか? ちゃんと飯食ってるのか?」
それ言う? 合宿の内容見直したほうがいいんじゃないの?
「……はは、心配性っすね先輩……大丈夫っすよ、じゃあ、俺行くんで」
いくらか頼りなさげな表情を浮かべ、彼は僕らの側を離れていった。
「……普段はもっとテンション高くて面白い奴なんだけどな。あいつの考案したなつちゃんにオレンジーナをブレンドするオリジナルオレンジジュースは傑作だった」
もはやオレンジジュースの名前が出過ぎてわけがわからない。
「……お前そんなキャラだっけ。オレンジジュースかかると人変わる? もしかして」
「オレンジジュースと女のためなら全力を尽くす、それが俺」
それを聞くと同時に、こちらも完食した三人が「うわぁ」という顔を見合わせる。そして計ったように同じタイミングで席を立ちあがり、空の食器が載ったトレーを返却口へと持っていく。
「あっ、ちょっ、待って、引かないでくれっみんな」
……ここで僕らが引いているの理解しているなら、もうわかっているだろ、合コンうまくいかない理由。
わめき慌ててトレーを持って追いかける星置を見つつ、苦笑いを僕らはしつつ食器を返した。
「ごちそうさまでした」
(注意)一週間オレンジジュースオンリー生活は、どうなるかわかりません。責任は取れないので、真似はしないでね。
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