第65話 まあ、意味なく遠回りして家に帰りたくなるときもあるよね。
次の日。ごねる栗山さんを家から追い出し、僕も二限のゼミのために大学に向かう。
……さすがに彼女を残したまま家を出るのは怖いものがあるというか。
十時過ぎ、一緒に並んで歩く駅までの道のり。こういう光景も珍しくなくなってきた。朝一緒に歩いている男女の大学生とか、なんかピュアな目線で見られないよね。高校生ならそうでもないのに。なんでだろう。きっと僕の考えがピュアじゃなくなったからだ。そういうことにしておこう。
「ふんふんふん~」
……あれですか? 某十四歳のミリオンのライブに出てくるアイドルの次は、スターライトなステージに出てくるフランスの血を半分引く自由人アイドルの真似でもしているんですかねー。自由人って観点では同じですが。
と、家を出るときは子供のように「いやだー」と駄々をこねて玄関のドアにしがみついていた栗山さんも、今は上機嫌そうにちょこまかと僕の周りを衛星のようにうろついている。たまーに野良猫を見かけると「あっ」と口にして立ち止まることもしばしば。
……毎度思うけどこの人本当に内定貰った大学四年生なんだよな?
信号待ち、道沿いにある塀の隙間に眠っていた野良猫を眺めていた栗山さんもとてとてと駆けてきて僕の隣にちょこんとやって来る。
「もう、ひどいなあ上川くん。置いていくなんて」
「僕は栗山さんと違ってゼミがあるんです。遅刻するわけにはいかないんであなたの自由な行動に付き合っている暇はありません」
そう言い切ると同時に信号は青になり、僕は横断歩道を渡り始める。
「ああ、待ってよ上川くーん」
……いや、まあこうして朝隣を歩いているだけでも、十分甘い光景なのかもしれないけどね。
無邪気に笑みを浮かべながら、僕の顔を見てくる茶髪ツインテールをそっと眺めてはらしくないことを思った。
「ところで栗山さん。……どうして京王線に乗ろうとしているんですか?」
「へ?」
京王八王子駅に到着し、エスカレーターに乗ろうとしたとき、僕はいつまでも隣を歩く栗山さんにそう尋ねた。
何食わぬ顔して僕の隣をついてきているけど、この人の家、京王線じゃ帰れない。超絶面倒なルートになる。JRなら一本で帰れる。
「……家に帰るんじゃないんですか?」
「えへへ、そうだよ?」
「なら、どう考えても京王線は違うと思うんですけども」
エスカレーターを降り、改札階へと向かう。一度改札の前で立ち止まり、僕はニコニコしたままの栗山さんに向かい合う。……まだ電車には時間あるな。
「もう、少しでも長く上川くんと一緒にいたいからに決まってるよー、照れるなー」
…………。くるっ。
僕は無言で改札へと向かいICカードをタッチする。
やばい、恥ずかしくてこっちも照れるってこれっ!
「ああっ、ちょっと待ってよっ上川くんっ」
栗山さんも慌てて改札を通ろうとするけど、
「チャージしてください」
「はれっ?」
定期外で残高もなかったからか、改札内に入れなかった。わちゃわちゃ券売機でチャージしてから、再度カードをタッチ。
「えへへー、おいついたー」
ポケットに手を突っ込んで待っていた僕の側にやって来るのを見て、僕はホーム階へと降りていく。ちょうど、準特急が発車する直前。早足になりそうな思いをぐっとこらえ、僕はエスカレーターの左側、後ろを振り向きながら彼女の緩み切っただらしない表情を眺めていた。
ホームに降りたと同時に、新宿行の準特急は発車していく。
まあ、次の各駅停車でも間に合うし、いいかな。
それに。……少しだけ一緒にいられる時間、伸びたし。なんてことは絶対、栗山さんには言わないけど。言うとまた調子に乗るだろうから、そういうことを言うのは「付き合ってください」って伝えるとき。そう、決めていた。
高幡不動駅で僕は降りる。栗山さんは、もう少し先の
彼女を乗せた八両の各駅停車を見送り、僕は学生の姿で溢れる駅の階段を上りだす。
二限の授業まで、まだ少し余裕は残っていて、なんだったらもう一本流してもよかったかな、なんて心のどこかで思っていたりもした。
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