第64話 今回のお話は、糖分多めで提供いたします。

「……ごちそうさまでした」

「えへへー、おそまつさまでしたー」

 ほら、言わんこっちゃない。完全にお酒が回ったじゃれ猫の完成だ。

 テーブルを挟んで顔を真っ赤にした栗山さんは、どこかとろけたような目を僕に向けながら、すりすりと近寄って来る。

 あ、なんかこの展開どこかで見たことあるような気がする。

 僕はあらかじめテーブルの上に乗っかっている食器類を全部流しに持っていき、部屋を安全な状態にしておいた。そのまま洗ってしまってもよいのだけど、構われたがりの甘え猫さんが僕の足の裾を引っ張って「えへへー」と絡んでくるに違いないから、酔いが回って眠りにつくのを待つことにした。栗山さんはお酒が入ると眠くなる体質みたいだから。

「えへへー、上川くんの膝あたたかーい」

 ……と、思っていると、正座で座った僕の膝の上に頭を乗っけてそんなことを言い出す。これ、いわゆる膝枕ってやつですね。

 ……あのですねえ。無防備にもほどがあるというか、今までと違って僕はもうあなたのこと好きになっているんだから、そんなことしているといつ僕が狼になっても知りませんからね、ほんと。

 まあ、酔った人をどうこうする度胸なんて持ってないけど。

 すると、突然僕の足の裏にこしょこしょとされる感覚が走る。

「ひっ?」

「むぅー、もっと構ってよー、上川くんー。でないと、こしょこしょするぞー?」

 風船のように赤い頬を膨らませ、でも何か悪だくみをするような目を浮かべる彼女は足の裏に留まらず、脇腹や膝に指の頭をこちょこちょしてくる。

「っ、ふふっ……ふふっ」

 実を言うと、あまりくすぐりは得意ではなく、すぐに反応してしまう。それにこの子猫は気づいたみたいで、

「およ? 上川くん、もしかしてこういうの、苦手なのかなー?」

 と、水を得た魚のようにいきいきとして僕のありとあらゆる場所をくすぐって来た。

「ちょっ、ちょっ、栗山さんっ、はい、たんま、ストップ! オーケー?」

 僕の口から、そんな悲鳴が出るようになるのは、それからすぐのことだった。


「はあ……」

 ようやく栗山さんはお酒が回りきったのか、眠りについてくれた。……僕の膝の上で。体を丸めて幸せそうに寝息を立てながら眠る姿は、さながら子供だ。やってることも子供だから、ある意味同じか。

 でもなあ、やってることは子供でも、身体は大人だから困るんだよなあこれが……。

「お願いしますから、もうちょっとだけ男の目に敏感にというか、意識するようになってくださいって……」

 栗山さんは体を僕のほうに向けて眠ったため、目線を下げると彼女の女性らしい部分が嫌でも目に入る。慌てて視線を上に逃がすものなら、ずれた服の隙間から、彼女の下着の紐が見えてしまう。ならばとさらに上を見ると、ぷっくりとした瑞々しそうな唇や、柔らかそうなほっぺたが僕の理性をさらに揺さぶる。

「んんん……」

 そしてさらに追い打ちをかけるようにする寝言。

 こんなの……、

「生殺しだって……」

 何か気を紛らわすものはないかと手が届く範囲に何かないかと探していると、近くに綿棒があることに気づいた。すぐそこには、栗山さんの耳がある。

「……み、耳くらいなら……いいよね」

 大丈夫、昔はよく綾に耳かきしてあげていたし、誰かの耳を掃除することには慣れている。第一、こんな状態で膝の上に眠る栗山さんが悪いんだ。うん。

 と。自分に言い訳をして、綿棒の入ったケースの蓋を外して、白いそれを一本取り出す。テーブルの上に乗っかっているティッシュを一枚取って、近くに置く。

「さて……じゃれつき子猫の耳かきでもしてあげますか……」

 僕は、少し赤く染まった彼女の耳のなかに、綿棒をそっと入れる。すると、

「はわわ……」

 ……え? どうやら、眠っている間でも反応してしまうのか、栗山さんは気持ちよさそうな顔を眠っているのに浮かべる。

「……ほんと、幸せな人だなあ」

 僕も思わず表情を綻ばせ、彼女の左耳をこしょこしょと掃除していった。

 案外、気を確かに持たせるためには有効な手段だったようで、揺さぶられていた理性はがっちりと保たれた。

「えへへー、上川くん……」

 ……まったく、夢のなかでも僕に会っているとか、どんだけなんですか……栗山さん。あと、そういう寝言は本人の前で言うべきじゃないと思うんですけどね。


 彼女が眠りから覚めるまでの小一時間、そんなことを思いながら寝顔を眺めていた。

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