2冊目

第63話 終われないラブコメを、今日も今日とて続けている。

 大学生活の楽しみ方は多種多様だと思う。学生の本分よろしく、勉学に励んで研究に精を注ぐのもある。部活に入って数々の大会に出て、その先の世界へ足を踏み込むための準備をするのもある。サークルに入って仲間とワイワイ楽しくやるのもある。バイトに勤しんで自分の趣味に全力を尽くすっていうのも楽しいと思うし、彼氏彼女を作ってそれはそれはいちゃつかれるのも手だとは思います。

 高校生までと大きく変わるこの大学ってやつは、自由な反面、危険も数多く潜んでいるもので。最近話題のブラックバイトや宗教・カルト、いまいち言葉だけ聞いてもよくわからないパパ活・ママ活、落単地獄による留年や、定番と言っては語弊があるけどねずみ講といったもの。それを踏むも避けるも個人の責任ってやつに帰化されてしまうから、気をつけないと楽しいキャンパスライフを送るはずが……ってこともざらにある。

 幸いにも僕や栗山さん、古瀬さんに島松、星置といった周りの人々はそういうことに遭っていないので、普通に大学生活を送ることができていた。


 そんな平和な日々、僕が三年生、栗山さんが四年生になった梅雨のある日。

 週に一度しか大学に行かなくてよくなった栗山さんは、コンビニのバイトをお昼の時間帯に入れるようになった。そのため、午前の早い時間に僕の家で暇をつぶしてバイトに行って、それが終わるとまた僕の家に来て晩ご飯を食べて、そのまま居座って終電で帰るかなし崩しに泊まる、というような日常を過ごしていた。

 え? だらだらとつまんないモノローグ呟いてないで早くあの後栗山さんとどうなったか教えろって? はいはい……そう慌てないでくださいって……。


 結論から言うと、まだ付き合っていません。


「ふんふんふん~♪」

 僕は上機嫌そうに台所で晩ご飯を作っている栗山さんに視線をふと移す。エプロンの結び目が腰のあたりにできていて、ゆらゆらとリズムを取って揺れる肌色のチノパンが視界にちらつく。

 今日はそのバイトの日で、それが終わってから栗山さんは晩ご飯を作っていた。

 端から見ればそれもう通い妻じゃんとか思うところがあるかもしれない。それに栗山さんは既に僕に好意を伝えているんだからさっさと付き合えよアホとか思うかもしれないけどちょっと待って欲しい。

 無自覚テロリストこと栗山さんは、僕が「付き合いましょう」と言おうとするたびに必ず何かやらかしてくれるんだ。最初に、謎の野良猫見ていたら水かけられたとか。彼女がお風呂から上がったら告白しようと思っていたら「シャンプーなくなったから取ってくれないかなー」って言われてまあお約束の? とてもじゃないけどそんな空気じゃなくなるよね。たまにはどこか外に出てデートっぽいことをしようと思って多摩センターにあるタンリオヒューロンランドに一緒に行ってテキィちゃんと写真撮って遊んで、帰り道に気持ちを言おうと思ったら遊び疲れた栗山さんが僕の手をとって歩いたまま寝だすし。

 これ、もはや僕のせいじゃないよね? あ、ちゃんと綾に襲われる前にドアチェーン買って対策しました。めっちゃ綾に怒られました。「ひどいです、よっくん!」って。


 とまあ、そんな感じで、未だに僕と栗山さんはふわふわとしたよくわからない先輩後輩の関係にいるわけです。

 台所から、醤油のいい香りが漂ってきた。くんくんとその匂いを嗅いでみると、

「えへへー、上川くんったら食いしん坊さんだなあ、もうちょっとだけ待ってね? 今日は肉じゃがだよー?」

 と、栗山さんはくるっと顔だけこちらに向けて表情を緩める。

 なるほど、このかぐわしい匂いは肉じゃがか。……あざといというか、定番を外さないというか。……ん? 肉じゃが? 肉じゃがって確か……料理酒使うよな……?

 ってまさか──!

「くっ、栗山さんまさか料理酒入れましたっ?」

 僕は部屋で読んでいた漫画をベッドの上に放り投げ台所へと駆け寄る。

 ぐつぐつと煮込まれている美味しそうなそれの隣には、きちんと「料理酒」とかかれた緑色のキャップが外れたボトルが置かれていた。

「はれ? 上川くん料理酒だめだったっけ?」

 首をちょこんと傾けそんなことを言う栗山さん。

「……僕の心配より自分の心配をしたらどうですか?」

「えへへー、やだなー上川くん。……今日、泊めてね?」

 舌をペロッと出して悪戯が決まったような笑みを浮かべる彼女、とにかくお酒に弱い。チューハイ一缶開けただけで酔っ払うまではまああるかなって思ったけど、料理酒入ったもの食べても出来上がると知ったときは絶望した。

 ……はぁ……。これじゃあ今日も付き合って下さいって言えないよ……どうせ肉じゃが食べてまた酔うんだから……。


 内心涙を流しながら、今日も今日とて僕は終わらないラブコメを続けているのであった。


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