第62+α話 例えば、こんな明るい未来があったとするならば。
***
ある年の、十二月。都内のとある、結婚式場。
「うっわ……服に着られている感えげつないなあ……」
控室の鏡に映る自分の姿を見て、思わずそう呟く。少し灰がかった白のタキシードに、これまた似合わなさそうな白の蝶ネクタイ。……これが赤だったら友達に「どこかの名探偵みたいだね」って言われたんだろうな……。もう少し地味なのがいいって僕は言ったんだけど……「えーせっかくなんだからかっこいい服で式挙げようよー」って言う彼女のせいでこうなってしまった。
「まあ……決まったことだからいいんだけどさ……」
と、誰もいない部屋で独り言を言う。……なんでちょっと切ない感じになっているんだよ僕。
すると、控室のドアがコンコンとノックされる。
「はーい」
そう返事をすると、すぐにドアが開かれた。僕の視線の先には、
「えへへー、早く見せたくて来ちゃった、どうかな?」
言葉を失うくらい、綺麗な姿をしたウェディングドレスの花嫁が、立っていた。それ以外のものは完全に取り払った、ってくらいに浮き出してくるスノーホワイトのドレスに、いつもよりちょっとだけ濃く映る口紅のピンク。出会ったときと変わらないままの茶髪は、今日に関しては後ろに結んで尻尾のようになびかせている。
でも、そのなかでも。
だらしなく緩ませた口元に、僕だけに見せる彼女の幸せそうな笑顔が、一番可愛いんじゃないかって思った。
……最近親バカっていうか、彼女バカになっている気が。昔はこんなに素直に可愛い可愛い思わなかったのに。
「……す、すっごくいいと、思います……」
やばっ、緊張のあまり声がカスカスになっちゃった。それを聞くと、花嫁姿の彼女はクスクスと笑いだす。
「やっ、やったあ、素直に褒められたぞー」
「べっ、別に褒めているわけじゃないんで……」
「くふふ、その台詞聞くの、何回目だろうね?」
「ぐっ……」
よく見ると、後ろにいる付き添いの女性スタッフの方も微笑ましいものを見るような目している……。まあ、そりゃそうか。動き回るの、大変そうだしね。……そこにいるのが綾じゃなかっただけまだいいや。今日の花嫁の付き添い役、綾だから。
でも、彼女といつも通りの調子の会話をしたことで、少し落ち着いてきた。
……ああ、きっと彼女のこの姿見たら、お義父さん泣くんだろうなあ。大泣きだろうなあ。バージンロードちゃんと歩けるだろうか。結婚の挨拶行ったときに「貴様みたいな若造に娘はやらん」とか、「あげく年下だとお? ちゃんと幸せにしてくれるんだろうな」とか言われるかと思ったら。泣いて喜ばれたよ。一言目に「うちの娘を貰ってくれる人がいるなんて……」で、「ありがとうありがとう」的な大歓迎だったよ。え、僕の彼女そんなに将来不安視されてたの? なんならその日深夜までお義父さんと一緒にお酒飲まされたよ。お義父さんすぐに酔っぱらったけど。一杯目で。
「……あまり無邪気に動き回って、色々迷惑とかかけないでくださいよ?」
恥ずかしさを誤魔化すために、僕はくるっと背を向けて彼女にそう言った。と、
「えへへー、もう迷惑は目の前にいる人にしかかけないって決めたんだー」
彼女はそう返して僕のもとに近寄って、ぐいっと顔をこちらに向けさせた。
僅か数センチ先に、見慣れたはずなのに全然違う彼女の顔がある。
「……あの、後ろに人がいるんで、そういうのは後にしてもらってもいいですか? 正直、僕今日の式で皆の前でキスするのも恥ずかしくて死にそうなのに、これ以上僕を恥ずか死なせるつもりですか?」
と、僕は慎重に彼女の手を払って、ゆっくりと距離を取る。
「……むぅ……」
それを見た花嫁は、離れようとする僕の右手をぎゅっと掴んで自分の方に引き寄せては、
「わたしだって……緊張しているんだよ?」
と、耳元に囁くから、僕の顔は真っ赤に発火したよね。
……ああ、どんなときも彼女はマイペースだ……。
***
「っていう夢を見たんだー上川くんっ」
「……つまり何が言いたいんですか栗山さん」
「えへへー、だから、まずは恋人から始めよっ?」
朝、歯を磨き終えた僕の背中にじゃれついて来る栗山さんは、そんなことを言ってくる。
……ああ、でも、その答え、いい加減に言わないとなあ。
「あー、それですね……そうですね……そこまで言うんだったら──」
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