1冊目 サイドストーリー

第0.5話 例えば、こんな前日譚があったとするならば。

「ありがとうございましたー」

 お菓子とかジュースとか買っていったお兄さんたちが、お店から出て行った。たくさんで集まっているから、きっとこれから誰かのお家で遊ぶんだろうなあ。

 わたしは壁にかかっている時計をボーっと眺めて、今が何時か確かめる。

 やったぁ、あと少しでバイトも終わりだー。今日は何しようかなあ。家の近所の公園に住み着いている野良猫と遊んで、川沿いをのんびり散歩しようかなあ。あ、そういえば最近新しいパン屋さんできてたなあ、食べてみたいなあ。

 なんてことを考えると、お腹の虫が反応してしまったみたいで、キュウとお腹が鳴ってしまった。

「はわっ」

 わたしは近くに誰もいないことを確かめて、ほっと胸を撫で下ろす。いけないいけない、まだ十五分シフトの時間は残っているんだから。

 それにしても。

 さっきから飲み物コーナーにいる男の人、しばらくあそこにいるなあ。かれこれ十分くらいいる。怪しい人じゃなければいいけど。

 と思っていると、パーカーを着こんだその男の人は諦めたようにレジのもとへと歩いてきて、わたしにスマホの画面を見せてきた。

「いらっしゃいませー」

「……こ、これの受け取りに来たんですけど」

「あ、受け取りですねー、ちょっとお待ちくだ……さい」

 はれ? この人……もしかして?

 画面を見せてきたお兄さんに見覚えがあったわたしは、首をひねりながらバックヤードに並んでいる通販関係の荷物からお兄さんの注文したものを探す。

「えーっと、えーっと……あった。あっ……」

 お兄さんがしばらく飲み物コーナーにいた理由がわかった。

 あのお兄さん、えっちな本を受け取りに来ていたんだ。レジがわたしから男の人に変わらないかなあって待っていたんだ。

「お待たせしましたー」

 私は段ボールとビニールで包まれたそれを持ってレジに戻り、お兄さんに見せる。

「タイトルの確認お願いしまーす」

 少し恥ずかしそうにお兄さんは頷いて「大丈夫です」と掠れた声で呟く。

「お会計千五百円でーす」

 大学の友達の紹介で、ここのコンビニで二年生のときからバイトを始めて一年経ったけど、恥ずかしがっているだけいいほうだよねー。常連のおじいちゃんとかになると堂々と成年向けの雑誌をわたしのところに持ってきたりするからなー。

 レジ袋に荷物を入れて、チラッとお兄さんの顔を見る。

「…………」

 やっぱり、そうだ。

 このお兄さん、わたしと同じ高校の……、

「二千円お預かりしまーす。おつり五百円でーす」

 ……上川、善人くん。

「ありがとうございましたー」

 レジ袋に入ったえっちな本を受け取った上川くんはそそくさとお店を出ていく。そんな彼の姿を、わたしは無意識のうちに追いかけていた。

「あ……」

 そして、彼がお店の目の前のアパートに入っていくのを見て、わたしは思わず声を漏らした。

 すぐ、近くに住んでいたんだ。もしかしたら、大学もこの近くなのかなあ。

 そんなことをぼんやりと考えていると「栗山ちゃーん、交替の時間だよー、もう上がりだよね」と、バイトの先輩からそんな声を掛けられる。

「あ、はーい、じゃあわたしもうあがりまーす」


 でも、わたしはすぐに気づくことになった。

 金曜日の三限、大教室の片隅で講義を受けている上川くんの姿に。

 それを知ったとき、わたしはすっごく嬉しかった。

 彼はわたしのことを知らないかもしれないけど、わたしは彼のことを知っている。


 優しくて、とても優しくて、誰かのために、それが友達でなくても、一生懸命になれて、必死になれる。そんな、年下の男の子。

 話しかけたい、仲良くなりたい。

 そんな気持ちが生まれるのは、あっという間だった。

 でも、それと同時に、かつての親友から言われた言葉が引っかかって、近づこうとするわたしに二の足を踏ませるのも、事実だった。


 でも、その年の冬。わたしは、溢れそうな想いを堪えることができずに、踏み込むことになる。

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