第61話 涙が似合わないヒロインは常に笑っているほうがいいに決まっている。

 しばらくして、赤く染まった瞳を栗山さんは僕に向ける。

「……上川くんも、同じなの?」

 言葉足らずのその質問、僕はあえて聞き返す。

「同じっていうのは、何がですか?」

「……上川くんも、わたしの行動にイラつかされて、でもなんか許せるような、そんな感じだったの?」

 子供のような、たどたどしい口調で聞いてくる。……おっかしーなー、僕よりひとつ年上のはずなんだけど、保護欲掻き立てることするなあこの先輩。何も知らずに保護したら家のなか荒らされるオプション付きだけど。

「まあ、深川先輩ほど心は広くはないですけど……あの先輩が北海道なら、僕はさしずめ香川くらいの広さの心しか持ってませんけど」

「ふふ、ずいぶん狭いんだね、上川くんの心」

「……そりゃ狭くもなりますって、いきなり家入り込んで、出会って間もないのに泊めてとか言い出すし、勝手に荷物置いてトラブル起こしてそのまま僕の家入り浸って、クリスマスはノンアポで来た上にぶっ倒れて熱出すし……おかげで僕のモノローグ突っ込みだらけになりましたからね。……いくら心が広くたって、全部あなたに吸われますよ、こんなの」

 でも、

「……おまけに何が面倒って……それに慣れると今度物足りなくなるんですよね……心広かったら心の隙間がぽっかり空いてやってられなくなります。……だからこそ、あんな言い方、しちゃったんですけど……」

 きっと……深川先輩もこんなふうにして、栗山さんと仲よくなったのではないだろうか、と推測してみる。

「……迷惑でしたけど、迷惑なんかじゃないです」

「そ、そっかぁ……えへへ……嬉しいこと言ってくれるね、上川くん」

「別に褒めているわけではないので」

「その秒で返してくれるのも、いつも通りだね」

 ああ、突っ込んでいるはずなのにいなされる。これも平常運転、か。

「……そっか……近くにいてあげるだけで、よかったんだね……わたしは。絵里のときも、上川くんのときも。……あのね、わたしが上川くんのこと、好きになったのって、絵里のために頑張っている上川くんを見ていたから、なんだよ?」

「は、はい?」

 急にぶち込まれたカミングアウトに僕はびっくりする。大きい声で聞き返してしまった。

「最初は嫉妬していたけど、雨の日だって、風の日だって、物凄く暑い日だって……一生懸命に絵里のために頑張っている上川くんを見てたら、そんな感情忘れちゃってね。……絵里が転校してから、ずっと落ち込んでいるのを見て、支えてあげられたらなあって、思ったはずなのに……今度は、わたしが落ち込ませちゃったみたいだね……」

「いやっ、別に、栗山さんにあんなこと言った僕がっ」

 すると、栗山さんは右手で僕のことを制して、左手で巻いていたマフラーを外した。

「……友達の子から、このマフラー返してもらったときに、もうどうでもよくなっちゃったよ。だってさ──」

 彼女は、ぴょんと一歩近づいて、僕の首にマフラーをそっとかける。


「上川くんの匂いがマフラーからしたとき、こんなに大切に使ってくれている人が、あんなひどいこと本気で言うわけないって、思えたもん」


 あ……やばい。本能がそう告げた。

 涙の跡が残る目で笑いかけられ、栗山さんはさらに続ける。

「えへへ……ありがとね、上川くん、大事に使ってくれてっ」

 これが……あれか、純粋に萌えるってやつか。

 不意に、僕は自分の顔を右手で触ってみると──あっつ! あつい! え、今僕顔真っ赤なんじゃない? まずいまずいこんなの見られたらますます栗山さんが調子に乗る!

「とっ、とりあえず僕は家に入りますねっ、なんか寒くなってきましたからっ!」

 玄関の前に立って家の鍵を探すけどあれ、僕どこにしまったけ……あれえ?

「もしかして、上川くん、照れてる?」

 ニヤニヤした表情で、栗山さんは僕の顔を覗き込む。

 ああもう! こうなるのが目に見えているからあ!

「ちっ、違います、断じて照れてなんかいません。これは、あれです。寒くなってきたからですっ」

 ようやくお尻のポケットに鍵を見つけて、僕は家のなかに入る。と、

「おじゃましまーす」

「……何ナチュラルに家入っているんですか栗山さん」

「へ? そうじゃないの?」

 くーりーやーまあああ!

 うん。やっぱイラっとくるね。はい。……でも、これがちょうどいいのかもしれない。こんな感じの時間が、きっと。楽しいんだ。

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