第60話 だから、勘違いははやめに解くに越したことはない。ほんとうに。言え。
うわあ……きついなあって聞いたときまず思った。しかし、すぐにその考えを改めた。
だって、深川先輩は、僕が原因でさらに嫌がらせを受けることになったのに、僕のことを一切詰らなかった。詰る権利は、責める権利はあったし、されると思った。
でも、それをしなかった。
……こう言っちゃあれだけど、栗山さんみたいな人を親友にするって相当な器だと思うんだ。そんな人が。
もう、当の深川先輩はいないから、推測でしかないけど。
「栗山さん、それ……誰かの目線があるところで言われましたか?」
「え? う、うん……絵里、最後の日は普通に登校したから」
なら、多分そうだと思う。そうであって欲しい。
世界は残酷だって、理不尽だって、色んなところから聞きたくないほど聞こえてくるし、今就活をしている栗山さんだって、もしかしたらそれを味わっているのかもしれないけど。
せめて、学校の友達にくらいは、夢を見させて欲しい。
「だったら……それは、きっと栗山さんを守るためですよ」
呟いた答えは、隣の彼女の瞳を大きく揺らした。
「へ?」
「……二次災害っていうか、……自分がいなくなった後に、万が一にも栗山さんが女王様のターゲットになるのを避けたかった。目的が指定校の枠獲得なので、考えにくいと言えば考えにくいですが。……僕が受けた深川先輩の印象は、とにかく慎重な方だったので。なくはないと。二人が親友ってことは、もう知られていたと思いますし、なら、衆目の前で、そんなきっついこと言うだけで完了です」
「……で、でも……絵里、わたしのこういう緩いところ嫌になって……」
鼻をすする回数が多くなってきた。……寒さのせいじゃない。これは。
「嫌になってますって。とっくのとうに。僕だってそうですよ。……誰だって友達にも嫌なところ直してもらいたいところのひとつやふたつありますって。栗山さんだってそうですよね?」
「う、うん」
「……そういうところ全部ひっくるめて、親友ってもんは名乗るものですよ。たかが表の性格ひとつに嫌気がさしてきついこと言うならそんなの親友じゃありません。……別なことから遠ざけたくて、元から思ってたことを口に出したからああいう言い方になっただけです。……まあ、これも全部僕の推測ですが」
「じゃ、じゃあ……絵里は別に……、わたしのこと……嫌になって……ああいうこと言ったわけじゃないの?」
「嘘だって思うなら……ラインのひとつでも送ってみたらどうですか? ……多分、ブロックされていないはずですから」
きっと、既読がつきますよ、って。
栗山さんは飛びつくようにスマホを取り出し、画面をスクロールしていく。きっと長い間連絡をしていなかったのだろう。トークリストは必然的に下になるはず。
やがて細い、震える指で画面をタップし、画面下でスワイプなりして文章を打っている。そして、願いを込めるような顔で、彼女は画面右端の青色の三角形を押す。
何分経過しただろうか。見上げる視線の先の、ファムリーマート前の信号が、数えきれないくらい赤から青に変わったタイミング。
「あっ……」
側に立つ彼女の、柔和な印象を与える瞳の端から、溢れる。
「……考えたらだめです。栗山さんが、栗山さんたりえるのは、何も考えずに無意識に側にいる誰かをイラつかせて、でも、なんか許せるような、そういうとき。深川先輩も、それをわかった上で、栗山さんに余計なことを考えさせないためにって、僕を頼ったんだと思います」
「……っ……」
「これも僕の偏見ですけど。栗山さんは友達百人つくるタイプよりかは、どうしてかずっと縁が続くぶっとい関係の友達を一人つくるタイプだと思うんですよね」
それが、誰かなんて野暮なことは言いませんけど。
「……ただ、深川先輩はあなたに能天気にニコニコしていて欲しかったんですよ。一緒に悩んで欲しいんじゃなくて、悩んでいることを忘れさせてくれる、そんな存在でいて欲しかったんですよ。……まあ、それは言わなきゃ伝わりませんけどさすがに」
涙なんて無縁の、栗山さんが北極にいるなら、涙なんて南極で凍って流れないんじゃないかってくらい、泣くイメージがない彼女が。
ポロポロ、真っすぐスマホの画面を見つめながら涙を流していたのだから。
通知の音が鳴りやまない辺り、深川先輩から結構な数のラインが来ているのだろう。
「……っ、う、うう……」
僕は視線を彼女から遠くに移る横断歩道に逃がす。
……ほんと、言わなきゃ伝わらねえって……そりゃ親友がいじめられていたら話聞きたくもなるでしょ、助けたくもなるでしょ、深川先輩。
僕が言えたことじゃないかもしれないけど、そんなことを、考えた。
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