第59話 とうとうカーストって単語が出て来ちゃったよ大丈夫かこれ。
「上川くん。知ってる? わたしの卒業した高校」
「いや……聞いたことないですけど……」
「だよ、ね。一方的だもんね」
いまいち栗山さんが話そうとしていることの要領を得ない。何が言いたいんだ?
「じゃあ、さ。この名前、知っているよね? ……
「……な、なんで栗山さんが……」
つくづくこの人こそヤンデレなのではないかとときどき思う。僕の家も突き止めるし、僕が振られたことも把握しているし、僕の秘蔵のお宝本のタイトルまで確認しているし。
挙句の果てに、かつて僕が相談に失敗した先輩の名前まで、口にしたんだから。
「……同学年の別の女子と大学への指定校推薦枠を争うような形になって、なんとか人間関係を荒立てることなくことを収めることができないか、多分そんな内容だよね?」
「ぁ、ど、どうして……」
口から空気が漏れる。だって、僕は相談内容を絶対に誰にも漏らさない。僕と、当事者である人以外知るはずがない……って。
僕は、栗山さんが何を言いたいかをなんとなくだけど察した。
「絵里と、同じクラスの、親友だったんだ、わたし」
乾いた空気に、彼女の鼻をすする音が聞こえる。やはり、か。
僕と栗山さんは、同じ高校に通っていたんだ。
「指定校推薦の枠ってさ、上川くんも知ってると思うけど、大抵ひとつしかないんだよねー、人気の大学になると、ごくまれに争奪戦が起きるみたいでね」
「そのごくまれに起きる争奪戦が、不運にも深川先輩に起きてしまった。……しかも、相手はクラスはおろか、学年にも影響を及ぼしうるカースト的にトップを走る女王様、だったと」
「さすがー。上川くん。今でも内容覚えているんだね」
おどけるように笑みをこちらに向ける栗山さん。
「……だって、当時聞いたときは絶句でしたから。……大学進学にまで、カーストを使うのかよって内心辟易しましたよ。おかげで、僕は絶対一般で受験するって決めることができました」
「けっこうね、ひどいことされていてね、絵里。わたしには気づかれないようにしていたらしいけど、そんなのバレバレなくらい、ひどかった」
「それも聞きました」
そんなことに時間費やすくらいなら勉強しろよって何度冷めた目で見たことか。
僕が行ったのは、その女王様がどうして深川先輩と同じ大学学科専攻の指定校枠を狙いに来たのかを調査することだった。それを調べて、どうにかできないかアプローチをかけたけど。
まあ、無意味だった。そもそも他人の進路に無関係の人間が関与するとろくでもないことになる。例えそれが同級生を陥れるような人間であっても。
じゃあ直接深川先輩に圧力をかけるのをやめて下さいと言うべきだったのかというと、多分それも上手くいかなかっただろう。先生に相談するのも然り。
人気の大学に指定校推薦を狙えるということは、それなりに優秀な内申点があるからできる。少なからず、深川先輩と同程度の成績は持っていた。
そんな人が裏で悪いことをやっていますって「二年」の僕が「三年」の教師に言ったところで相手にされるはずがない。
「わたしがこんな感じだから、さ。絵里は……わたしじゃなくて上川くんを頼った。三年生の間でもそれなりに知名度はあったからね、上川くんのこと。……ほんとはちょっぴり、悔しかったっていうか。だから上川くんに嫉妬もしていた」
確かに、僕ははじめに深川先輩に「僕以外に頼れる友達とかいなかったんですか」と聞くと、少し苦い笑みを作って「いないかな」って答えた。……栗山さんにこんなこと相談できないのはわかる気がする。
「事態はどんどん悪化してさ、もう上川くん何やってるのって思っていた」
「……それは、そう、ですね」
事実なので否定はできない。
そして、状況が急転直下に最悪へと転がり落ちることがあった。
深川先輩が、僕にこの件を相談していることが三年生にバレてしまったのだ。原因は僕。学外で行った聞き込みから僕のことが割れてしまったようだ。
あまりにも決定的な出来事だった。
学校の外なら、安心して調査できる、そんな油断、勘違いが招いた僕の失態だった。
それ以降、深川先輩に対する嫌がらせはエスカレートしていき、先輩は不登校になってしまった。
それからも、僕はなんとかできないか、どうにかならないか必死に策を探し回った。
けど、どうにもならないまま、深川先輩は逃げるように僕らの高校から転校していった。
最後に会ったとき、責められもせず「ごめんね、こんな面倒なことに巻き込んじゃって」と謝る深川先輩の顔を、僕は今でも忘れることができない。
「……わたしも、転校する日、絵里のところに行ってね、どうして何も話してくれなかったのって、色々言った。でも、最後にね。『あなたみたいな能天気に、言えるわけないでしょ。いい子ぶらないで、迷惑』って言われちゃって」
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