第53話 この作品の舞台が関西だったならば、とりあえず追いかけることはできただろうに。残念ここは八王子。
翌日、月曜日。例によって栗山さんに電話をかけ撃沈してから夕方に家を出て、六時頃には八王子駅の改札前で綾のことを待った。
帰宅するサラリーマン、制服を着た学生で賑わう平日の帰宅ラッシュ。時折綾と同じ制服のスカートが目に入ると、心臓が跳ね顔を確認してしまう。
ポケットに手を突っ込み、一人道行く人々を眺める僕は端から見ればかの有名な渋谷のハチ公か、一歩間違えれば変質者か。職質とかは受けたくないから早いところ決着をつけたいのだけれども……。
少しでも油断すると見逃してしまうかもしれないから、スマホを見ることなく、ただひたすら待つ。待ち続ける。
そして、僕が駅の改札に着いてから一時間が経過した頃。
「じゃあそろそろ帰ろっかー」
「あー、期末テスト嫌だなー」
そんな女子特有の黄色い声が耳につき始める。ハッとなり視線をそっちの方向にずらすと、綾の学校の制服のスカートを揺らした集団が改札へと向かってきていた。
「じゃあ、明日からテスト週間だから、合唱部の練習は一旦中断になるから、赤点取らないようにねー」
「はーい」
「それじゃ、またテスト明けねー」
「さよならー」
……合唱部、同じ制服……。あ。いた。
十年以上の付き合いだ。すぐに見つけることはできる。
「綾!」
駅の改札を集団で抜けようとするなかに混じる幼馴染に、僕は声を掛ける。
こんな場所でいきなり呼び止められたらさすがに反応せざるを得ないもので、彼女はゆっくりと声のした僕のほうを見る。
まだカードをタッチする前だったので、僕は綾のもとに近づいていく。
「あれ? もしかしてあの人綾ちゃんの幼馴染のお兄さん?」
「あー、チョコ渡そうとしてた?」
「綾ちゃん、私たち、先帰ってるねー」
「えっ、あっ、ちょっと……」
部活の人達は一足先にホームへと降りていってしまう。取り残された綾は、小さくため息をつき、
「……それで、何の用ですか? か、み、か、わ、さん」
うっ……綾に上川さんって呼ばれた……。なんだこれ、えげつなく心に来るんだけど……。
あまりの衝撃に何を言えばいいかわからなくなる。いや、もともと話すことも決めていなかったのだけれど。
「えっ……と、その……」
口が回らない。思考がぐるぐると回って言うべき言葉が思いつかない。
「用がないなら、私帰りますね。テスト近いんで、勉強したいんです」
そう言い、彼女は改札を通ろうとする。
「待ってっ!」
離れようとする彼女の手を掴み、なんとか引き留めようとする。
大きな声を出してしまったから、周りの目線を集めてしまう。しかも、絵画が女子高生の手を握る若い男だから、尚更怪しい。
「こ、この間のことで……謝りたくて……いやっ、謝るとか……そんな話じゃないのは……わかってるけど……」
なんだこれ、年下の女の子相手にしどろもどろになって。
「……別に、そんなことを聞きたいわけじゃないので。帰りますね、私」
だけど、まるで知らない人を見るかのような目で僕を射貫いてから綾はそう言い、僕の手を振り払った。カバンを持ち直して、改札を通る。
「あっ……」
あーあ。振られたよ。って思われてるんだろうなあ僕。
天を仰いで、ガクリとうなだれる。顔と地面の距離が、猛烈に近づく。
諦めろって、もう仲直りなんてできないからさ。
逃げちまえば、楽になれるぞ。
どうせ端から恋愛対象外の女のことなんか、構ったってしょうがないだろ。
それにつられるように、頭のなかで僕の悪魔が囁き始める。
そういう問題じゃない、一方的に他人を傷つけておいて、何もしないなんて、そんなことが許されるはずがない。
僕はその囁きから逃げ出すように綾のことを追いかけるために改札にICカードをタッチする。けど。
「チャージしてください」
残高が初乗り料金もなかったようで、改札機に足止めを喰らう。券売機で財布を開くも、持ち合わせがない。
悪魔に捕まったかのように、僕は八王子駅の改札外から動くことができなかった。
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