第52話 寝過ごしは路線によってはとんでもないところに連れてかれる。

 夕方に島松の家を後にし、帰りの電車のなか、古瀬さんに一通のラインを送る。

「大丈夫、解決したよ。今度、島松の家行けば、きっと島松から話してくれるから」

 すぐに既読がつき、そしてありがとうございますと吹き出しがついてペコリと頭を下げる猫のスタンプが送られてくる。「明日にでも、ちゃんと話そうと思います」と、続けてラインも届く。

「うん、そのほうがいい」

 ガタンゴトンと一定のリズムで揺れる電車は、座る僕を眠気に誘い込むには十分だった。しかも足元には暖房がこれでもかと効いている。

 何やら古瀬さんから返事が来たのかもしれないけど、内容を見ることなく、僕はそのまま意識を闇のなかに落としていった。


「お客さん、お客さん、回送電車になるんで、起きてくださーい」

 次に僕が目を開けたのは、駅員さんに肩を揺らされてのこと。

「あ、すっ、すいません……」

 反射で立ち上がって、慌てて電車を降りる。……ん? 回送電車? え……?

 僕は降りた先のホームの駅名標を見て呆然とする。

「……飯能はんのうって……マジかよ……」

 月島駅から僕が乗ったのは、有楽町ゆうらくちょう線という地下鉄だ。その路線は、横浜の中華街に繋がるみなとみらい線や、月が綺麗なアニメの舞台、川越かわごえ付近を走る東武東上とうぶとうじょう線、可愛い女の子たちが山を登るアニメの聖地である飯能や、四月に嘘をつくアニメの舞台色々を通る西武池袋せいぶいけぶくろ線とも直通している。

 僕が乗車したのはその最後の路線に直通する埼玉県の飯能行の電車だったようで。

 盛大に寝過ごしたようだった。

「しっかも寒いし……」

 もう日も暮れた時間、屋外に位置する駅はどうにも寒く、そしてようやく僕はまだ古瀬さんからマフラーを返してもらっていないことに気づく。

「……仕方ない、か……」

 本当はもっと手前の市ヶ谷いちがや駅で中央線に乗り換えるはずだったのだけれど、今からそこに引き返すとまた一時間半かかる。かなりお金はかかるけど。

「……東飯能から八高はちこう線で家に帰るしかないよなあ……」

 飯能駅からはもう一本、西武秩父線も走っている。この路線の名前をあげるだけで何のアニメの聖地かはわかると思うから説明はしない。その西武秩父線で一駅隣、東飯能駅に出るとJRの八高線に乗り換えができる。八は八王子の八、高は高崎の高とあって八王子もしっかり通る。これがきっと一番早い方法だ。

「ただ……」

 残量少ない電池のスマホをいじって時刻表を確認する。

「げ」

 まず次の西武秩父線の普通電車は約二十分後の二十一時一分。東飯能での乗り換え電車は二十一時十分。まあ間に合うは間に合うけど万が一その乗り換えを逃すと次の八王子まで向かう電車は二十一時五十七分。

 何かトラブったりするとまずい……けど、これしかない。

 僕は寒さきつい飯能駅のホームの自販機で温かいコーヒーを買ってべンチに座り、電車の到着を待つ。ホームに人の影はそうそう見られず、僕一人しかいない。

 何も、外に出てまで家と同じ状況にならなくても……。

 そして何度も言うけど寒い。

「っくしゅ……早く電車来ないかなあ……」

 鼻水まで出てきて、踏んだり蹴ったりな状況、僕が思うのは、それ一点のみだった。


 結果、無事に最速で八王子駅に着いたけども、家に着いた瞬間どっと疲れが押し寄せてここ最近の定番のようにベッドへと倒れ込む。

「午後の十時……まだ電話しても迷惑じゃ……ないかな……」

 最後に残った力を絞り出すように、僕は栗山さんに電話をかける。しかし、無機質な通話音がしばらく鳴り響いた後に、トーク画面に戻されてしまう。

「だめ……か」

 力なくスマホを持つ手をベッドに落とす。

 未だ、あの日送った綾への「ごめん」の返事も来ていない。

「とりあえず……まず綾のほうから、どうにかしたほうがいいかな……」

 実家に戻れば、確実に隣に綾の家があるのだから、交渉のチャンネルは残っている。栗山さんは、正直どうすればいいか手立てもつかない。わかっているのはバイト先と家の最寄り駅だけ。その二つだけを頼りに栗山さんを探し出すなんて、不可能に近い。

「明日……八王子駅の改札前で張るか……」

 そこで待てば確実に綾はそこを通る。なんとかして捕まえて、話をしないと。

 ──話って、何を?

 ……謝れる問題じゃ、ないんだよ……な……。でも、年齢差もそうだけど、どうしたって綾は幼馴染の妹でしかなくて……。

 あれ……? 僕、何を話せばいいんだ……?

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