第44話 最近シリアス調の話が続いていてこれでいいのかって思ってしまう。

 ああもう、これ以上悩んでもしょうがない。開き直って電話をかけてしまおう。

 夜の帳も降りた午後七時に僕はそう決断し、ラインの無料通話で栗山さんに電話をかけてみる。

「…………」

 出ない、か。

 ……まあ、そうか。出るわけ、ないか。出るんだったらここに来ているもんな、栗山さんなら。

 もしかしたら、就活とか用事とかで出られなかったかもしれないから、また日を改めて電話をかけてみよう。

 ピンポーン。

 そう決めたとき、家のインターホンが鳴る。

「はっ、はーい」

 一瞬、期待をしてしまった。だけど、そこまで現実が上手く回るはずもなく。

 僕が玄関にたどり着くよりも先に鍵は外から開けられ、勝手にドアが開く。

「よっくん、いますかー? あ、よかった、いますね……」

「な、なんだ……綾か」

 目に入った髪の色が、茶色でないことを残念に思ってしまう。

「もう、なんだってなんですか、よっくん」

「いや、なんでも……っていうか、今日金曜日だよね? なんで……」

 いつも来ている土曜日は明日だ。また、押しかけに来たのか?

「……もしかして、今日が何日か忘れたんですか?」

 少しジト目というか、白い目で僕を見つめる綾。

「まあ、いいです、よっくんですもんね」

 そう言うと、綾は後ろ手に持っていたラッピングされた小さいビニール袋を僕に手渡した。

「……ば、バレンタインなんで……これだけ渡しに来たんです」

 あっ……そっか、今日は二月の十四日か……完全に忘れていた。

「あ、ありがと……」

 急なことだったので、ただただその袋を受け取ることしかできない。

「あれ? もしかして誰からも貰ってなかったんですか? その様子だときれいに忘れていたみたいな感じですけど」

「う、うん、今日一日外に出てないから」

「……栗山さんなら当日に渡しに来ると思ったんだけどな……まあ、いっか」

 ふと口にされた名前を聞いて、頭が痛くなる。

 綾の言う通り、栗山さんなら今日の朝早くにでもニコニコしながら「あーけーて」って言いながら僕の部屋に入って、「はいっ、バレンタインのチョコだよー、えへへー」とかなんとか言いながら渡してくるだろう。そういう予想が容易に立つ人だ。

 でも、今は。

「あー、きっと就活で忙しいんだよ。春から四年生だし」

「……そういうものなんですかね」

 僕は綾に事情を悟られないように適当に誤魔化しておく。僕が栗山さんに八つ当たりして、現在喧嘩中なんて知ったら、どういう行動をしてくるかわかったものじゃない。それに、きちんと対応できる自信も今はない。

「それじゃあ、私もう帰りますね。明日、また来るんで」

 チョコだけ渡すと、綾はそう言い玄関のドアを開けて出て行こうとする。

「また明日来ますね、よっくん」

「う、うん……」

 バタンとドアが閉まる音が響く。僕はゆっくりと鍵を閉めて、チョコをテーブルに置きベッドに倒れ込む。

「……来ない、よなさすがに……」

 うつ伏せで呟いたので、独り言がこもってしまう。まあ、独り言だし別にいいのか。

 しばらくそうやって寝転がっていると、スマホが着信を知らせる。

「ん?」

 栗山さん……じゃなくて……。

 古瀬、さん……?

 ……あまり今見たい名前ではなかったけど……仕方ない。

「どうしたんだろ、いきなり……」

 画面をスライドさせて、僕は電話に出る。

「もしもし、古瀬さん? どうかした?」

 すると。電話口の向こう側から、車の通行音だけがしばらくの間流れてきた。

「もしもし? 古瀬さん? 大丈夫?」

 しばらくして、ようやく彼女が口を開いたかと思えば。

「ど、どうしよう……上川君……」

 何かに震えるような、そんな声が聞こえた。

「やっぱり、島松君……他の女の子と会っているみたいで……」

 泣きっ面に蜂とは、まさにこのことかと、僕は真っ先に思った。

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