第41話 弱っているときに明るい人と一緒にいるとなんやかんやで元気になれるのは気のせいじゃないと思いたい。
気がつけば家のベッドに横たわっていた、なんて陳腐な表現はよく聞くけど、今日の僕は本当にそんな感じだった。どうやって八王子駅から家までたどり着いたか覚えていない。
たった数時間にしか満たなかった古瀬さんとの疑似デートは、諦めていた僕の気持ちを燃えかすにするような、そんな熱さを持っていた。
きっと、今の僕のなかには、もう残りわずかとなったロウソクとか、真っ黒に燃えかけている新聞紙の端っことか、そんなものしか残っていない。
夕方には家に帰ったはずなのに、そこから僕は何もすることなく、ただただベッドの上で寝転がり、次に意識が戻った瞬間は次の日の朝になっていた。
少しだけ枕のカバーが濡れていたのは、つけっぱなしにした暖房が暑くて寝汗をかいてしまったのだろうと、思い込むことにした。
それから僕は島松に連絡をとって、今度どこかに遊びに行かないかと誘うと「次の日曜日にゲームの大会に出るからちょいと忙しい、また今度誘ってよ」と返事があった。
……どこまでもゲーム一筋だなあお前は。
薄ら笑いを浮かべ僕は「りょーかい。あまり古瀬さん心配させるんじゃねーぞ」とだけ釘を刺しておいてこの件は終わりにした。
「さて……」
暇だ。何しよう。
インドア大学生の長期休暇ってやつは恐ろしいほど外に出ない。冬眠なの? ってくらい。
それでも今までは頻繁に栗山さんがここに来ていたし、そうでないときも綾がいたからこういうふうにまったりと家で一人で過ごす時間は久しぶりな気がした。……いや、栗山さんがここに来過ぎだったんだけどね。
これが本来の僕の生活なんだ。
「……積んでいる漫画でも消化するか」
朝ご飯も食べずに、フィギュアなどを飾る台の隣にある本棚から未読の漫画を十冊ほど抱えベッドに戻る。再び仰向けになって手のひらに収まる単行本を開き、僕は思わずため息をついてしまう。
「……これ、恋愛ものじゃん」
さすがに昨日の今日でそういうジャンルの漫画を読む気にはなれない。何か別のものを読もうかと思ったけど、生憎僕の守備範囲はラブコメや青春系。必然的に恋愛はほぼ絡んでくる。
「……まじかあ」
オタクに恋愛ってできるのだろうか。世のラノベや漫画、アニメってラブコメだろうがバトルもの、異世界ものでも中世ヨーロッパものでも恋愛要素は出てくる。
こう失恋するたびにそれを含むコンテンツを読めなくなると、オタク活動に支障が出そうだ。現に今起きているし。
「……暇だなあ……。栗山さん、今日は来ないのかなあ……」
…………。
「ん? 今僕なんて言った?」
やばいやばい。とうとう思考がいかれてしまったようだ。
けれど。ここ最近栗山さんと会う機会が減ってしまったことにより、若干の物足りなさを感じることもままあった。突っ込み足りないというか。あの流れるようなボケに慣れてしまった今、会話にキレを求められないこの状況はさながらオフシーズンのピッチャーだろうか。ほら、よく寒い時期に速い球投げ込んだらよくないって聞くから、それみたいな?
それに。最初の失恋のときも、栗山さんのなんやかんやで忘れることができたって側面は間違いなくあるだろうし。
「はぁ……」
こんな思考、栗山さんに聞かれたら「やっとわたしのことちゃんと意識してくれるようになったんだねー、上川くーん」って言いながら僕の身体に飛び込んでくるだろうから絶対に漏らさない。飛び込んで来たら一回転して逃げるけど。
「いいや、お風呂に入ってゆっくりしよう」
午前中に入るお風呂は背徳感に溢れるって言うし、きっと頭も体もサッパリするはず。うん。そうしよう。
僕はベッドから起き上がり、いそいそとお風呂の準備を始める。
予想通り、まだ陽が高い時間に浸かるお湯は最高に気持ちよかったです。これも長期休暇の特権かもしれない。
ドライヤーで髪を乾かしきり、部屋着のスウェットに身を包み漫画はダメだからアニメでも見ようかとテレビをつけたタイミング。
インターホンが鳴り響いた。そしてその数秒後。
「かーみかーわくーん。いーれーて」
次元が違うその能天気な挨拶が耳に入る。
「ったく……」
僕は零れそうな笑顔を押し殺してから、玄関の鍵を開けに行った。
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