第40話 たまにはちょいシリアスな話を挟んでもいいですよね……。

 ちょっぴりお値段が張るお店だったけど、普通にいい店だなあと素人目にも映った。なんやかんやで僕も古瀬さんも雰囲気を楽しみつつ、目的も達成できたのでチャージの一時間が経つとすぐにお店を後にした。

「なんか、普通に満喫しちゃったね」

「はい、意外とって言ったら失礼かもしれませんけど、居心地よかったです」

 普段から落ち着いた、この間の立川の喫茶店のような感じのお店がよく似合う古瀬さんは、穏やかに目尻を下げて、そう微笑みかけた。

「そういえば、理由って何だったんですか?」

 路地裏の道から大通りに出て、僕らは秋葉原駅へと戻る。

「ああ。あのお店、島松がやっているゲームとコラボしていたんだ。あそこのお店のコラボメニューを注文すると、限定のアイテムが貰えるってことで、島松は何回か通ったんだと思う。まあ、つまりは女の子目当てであそこに行っていたわけではないってことだよ」

「そうなんですね……よ、よかったです……やっぱり島松君は島松君でした」

 被ったベレー帽を下に傾け、彼女はふと立ち止まる。

「あ、あのっ……上川君」

 僕はその呼び止める声でようやく隣にいた古瀬さんが後ろにいることに気づいた。

「ありがとうございます」

 瞬間、冬の出口が近くなったのではないか、と思うような暖かい風が吹きつける。

 ベレー帽の傾きは、さらに深くなり、その頂点が僕の視界に入る。

「……別に、僕は」

 古瀬さんにそんなふうにお礼を言われたくて、

「何もしてないよ?」

 君の相談を受けたわけじゃない。

「さ、帰ろう? あんまり長い間古瀬さんをお借りしていたら、彼氏の島松に怒られる。っていうか、もう怒られる案件なんだけどね」

 何事もなかったように僕は平静を装いつつ、駅へと再び歩き出した。

 すぐに、パタパタと駆ける足音が聞こえてきて、僕の隣には笑顔を取り戻したかつての想い人が歩いていた。

「……私、このまま島松君の家に行っちゃいます。きっと、私が行かないとご飯も食べずにずっとゲームしているだけなので」

「そっか。いいんじゃないかな、きっとあいつも喜ぶよ」

 秋葉原から、島松の住む家は近いし。

 自覚しないようにはしていた。終わった恋だ、忘れようと決めていた。実際忘れていた。忘れることができていた。

 それが、再開した古瀬さんの相談を機に、また芽を出そうとしているから。

「……駄目だって、僕」

「あれ? 何か言いました? 上川君」

「あ、いや? 何でもないよ?」

 いけねいけね。また心の声漏れちゃったよ。

 やっぱ欲張りだなあ。それに、無理だよ、そうそう忘れられない。

 あんな笑顔見せられたらさ。

 こんな例えしか出て来なくて残念だけど、ギャルゲーのイベントCGかってくらい、綺麗な笑い顔だったんだ。背景がただの路地だとしても。一緒にいるのが、冴えないヘタレオタクだとしても。

 願わくば、その笑顔の宛名が島松ではなくて、僕であったらどれだけ幸せだろうって。思ってしまう。

 ……でも、駄目だって、僕。

 古瀬さんはもう彼氏がいる。僕が入り込む余地なんてない。


 だから、この改札を抜けて、山手線に向かう古瀬さんと、総武線に向かう僕とで離れ離れになったときに。

 僕の束の間の疑似恋愛は終わるんだろうなって。

 そんな、予感がした。


 ICカードをタッチして、同じフロアにあるエスカレーターから古瀬さんは島松の家に向かうために山手線のホームに上がる。

「じゃあね、古瀬さん。また、何かあったらいつでも連絡ちょうだい」

 そんな彼女を見上げ、僕は言う。

「はいっ、ありがとうございますっ」

 できれば、もう連絡はしないで欲しいなあ、なんて内心思っていた。

 でないと、

「……僕がどうにかなりそうだから、ね」

 彼女が通った道に小さくそう吐き捨てて、僕は改札から少し歩いた先にある総武線ホームに向かうエスカレーターを上がり始めた。


 こんなに空しいって思った帰りの電車は、初めてだったかもしれない。

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