第38話 話題の種は、その種を持ってくる人と水を与え様子を見る人の二人がいて初めて育つと思う。
カップのなかにある飲み物がお互い半分くらいまで減ったタイミングで、僕と古瀬さんが来週の土曜日に秋葉原に行って件のメイド喫茶に行くことで一旦この話は終わりになった。
少し落ち込んだ様子の古瀬さんが不憫だったので、僕はなるべく彼女が明るくなるような話をしようと頑張る。
無言で隣に寄り添ってあげるのは……僕の役目ではない。のだけれど。
僕は、誰かの話を聞いてあげるのは得意だけれど、自分から話題を展開するのは慣れていないんだということを今思い知った。
や、やべえ……自分でも引くくらい話のネタが出てこねえ……。これがオタクの末路というかなんというか……。数少ないオタクネタは今話すと島松と結びつきそうだしそもそも古瀬さんはオタクっていうほどオタクではないし……。
ああ普段合コンとかでしょっちゅう女の子といるハイスペックな男はどれだけ話のレパートリー持っているんだよ、あれか? 僕がパンを焼くことしかできないトースターなら奴らは今日の献立まで提案してしまって冷蔵から冷凍までお任せできる冷蔵庫とかかな?
一行で説明すると、十分ももちませんでした。
あっという間に話が途切れ途切れになってしまい、おしゃれなジャズが流れる店内のBGMが耳につく。
「す、すみません、無理させちゃって……」
にっちもさっちもいかなくなって困り果てたのを見かねたのか、終始うつむき気味だった古瀬さんは苦笑いを浮かべて僕の顔を見上げた。
「上川君は、話をする側よりも、される側の方が、得意ですよね。私が話さないと、無言になっちゃいますね」
「ああいや、別に、無言が嫌とかそういうんじゃなくて」
寧ろ無言の空間は好きなんです僕。
「……僕がくっつけたのに、すぐに変な感じになるのは、申し訳ないなあって。元気、出してもらえたらなあって、ね」
「や、やっぱり、上川君は、優しくていいひとですね……」
「…………」
いいひと、ね。
そりゃあ、そっか。恋愛相談に始まりから付き合い続けてほとんど対価も貰わずにやっていれば、そうなるか。別にお金とかが欲しくてやっているわけではないけどね。
……でも、その単語を古瀬さんの口から直々に聞くと、妙にのしかかるものがあった。
自分のなかで、恋愛対象から切り離されて考えられる「いいひと」っていう単語を言われると。
日も暮れてしまった頃に僕と古瀬さんは別れた。古瀬さんは立川駅から少し歩いたところに一人暮らししているみたいで、駅に向かう僕とは喫茶店の前で解散した。
道路を走る車のテールランプや、街灯の白色が照らす街中を一人歩いて行く。
……ああ、彼氏持ちの女の子と二人で出かけるわけだし、事前に予防線は貼っておいたほうがいいかもしれない。島松に要らぬ誤解はされたくないし。といってもなあ。まさか「今度お前の彼女とメイド喫茶行くわー」とは言いにくいし、かといって何もせずに二人で行ってしまえば今度は古瀬さんに迷惑がかかる。
うーん……。
改札を通って高尾行の快速電車を待つ。すぐに電車はやって来て僕はそれに乗り込んだ。
ちょうどよく空いた座席に座り、八王子に戻る間、僕はどうやって古瀬さんに迷惑をかけることなく水曜日の約束を果たせるだろうか、ということを考えていた。
家に着くと、案の定というか、台所で晩ご飯を作っている綾がいた。
「あ、おかえりなさい、よっくん。たった今ご飯ができたところですよ?」
うん、鍵持っているもんね、今日は土曜日だもんね、そうだよね、忘れてた。てへへ。
綾はまるで新妻かと言いたくなるような笑みをこちらに向け、僕のもとにやって来る。と。
「……よっくん、誰か人と会っていましたか?」
ええええ? なんで? え、僕何かやらかした? 今日の支払いのレシートを島松みたいに落とした? それとも飲んだコーヒー口につけたまま帰って来た? ……そんなことあり得るのかなあ。生クリームじゃあるまいし。
「コーヒーの匂いが、コートからしてきます」
普通に綾が怖いだけだったああ。いや、きっと僕が普段受け身なのは僕の周りにいる人が個性的過ぎるからだと思います。
「あ、ああ。ちょっと友達に誘われてね」
嘘は言っていない。嘘は。だから問題ない。というか、これ以上綾を刺激するとどうなるかわからないから古瀬さんのこと言えない。
「そうですか。あ、お風呂もありますよ? ご飯にします? お」
「ご飯にするから準備しよっかー綾」
突っ込みの台詞は食い気味に言う定番ポイントのさらに手前で食いちぎった。少し不満そうに顔を膨らませる綾。……だからノータッチ女子高生だって……わかってくれよ。
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