第35話 誰もいないはずの家に誰かがしかもベッドで寝ていたらそりゃびっくりするわ。

 冷静になれば、家主のよっくんがいないのに私たちは勝手に泊まろうとしているんだと思うと、変な感じに思えた。

「そういえばさ、幼馴染ちゃんはどうして上川くんの家にいたの? 上川くんいないのに」

 台所で晩ご飯のパスタを茹でながら、栗山さんは私に聞いてくる。大掃除したての家、初めに使うのが私たちでごめんなさい、よっくん。でも、逃げたよっくんが悪いのだから。

「鍵、持っているんで。私、八王子の高校に通っていて、何かあったときのためによっくんの家の鍵を持たされているんです」

「へえ、かなり仲がいいんだね、ふたりは」

「私が小学校入学したときからの付き合いなので」

 私の両親は共働きで、家にいる時間は全然なかった。兄弟もいない一人っ子の私は、幼いころの面倒はよっくんに見てもらうことがほとんどだった。初めは私がよっくんの家に行って遊んでもらって、よっくんが中学生になる頃、つまり私が小学三年生になったころには私の家で時間を過ごすことが多くなってきた。晩ご飯とかも、よっくんのお世話になっていた。もう、その時期にはよっくんは料理とか掃除とかある程度できるようになっていたんだ。今思えば、凄いことだと感じる。

「ほんとは、即売会に行くよっくんについて行く予定だったんですけど、逃げられちゃって」

「即売会……あ、いつも上川くんが買ってる本のことか」

「それで時間を持て余していたところだったんです」

「わたしも、幼馴染ちゃんいてよかったよー。じゃなかったら、来ても入れなかったからねー」

 何気なく喋りながらパスタ作っているけど、栗山さん料理上手じゃない……? なんかすごくいい匂いがしてきたんだけど……?

「さ、晩ご飯できたから、食べちゃおっかー」

 私はただ栗山さんの近くに立って話している間に出来上がったみたいで、単純に女子力の差を見せつけられたような気がして悔しかったのは私だけの秘密にしておきたい。

 実際。私が作るのより、美味しかったのだから。


 その後、ご飯も食べて、お風呂も一緒に入って、よっくんの家にあるゲームで遊んで、普通に仲のよい友達と過ごすようなひとときを送った。……栗山さんがよっくんのジャージを何一つ抵抗なく着て部屋着にしているのが気になったけど。っていうかなんで着替えがよっくんの家に置いてあるの? 今度よっくんに会ったら問い詰めないと。

 栗山さんの希望で、ベッドに二人詰め合わせて寝ることになった。というか、半ば押し切られた。

「あれ? 洗剤の香りが強いね?」

 僅か数センチ先に横たわっている栗山さんは、不思議そうに言う。

「たぶん、もう大掃除を済ませたからだと思いますよ」

「あ、そうなの?」

「はい、だからベッド周りもいい香りがするんだと思います」

 普段はよっくんの匂いがしているけどね。別に、くさいとかそういう意味ではなく。

「なんか、こうしてみると、わたしたち姉妹みたいじゃない?」

 姉妹、か……。確かに、こうしているとそう見えなくもないかもしれない。でも、栗山さんはよっくんのことを狙っている。言わば恋敵であるから。

 過度の信頼は、自らを傷つけるだけ。

 ……他の人と違って、栗山さんは本当によっくんのこと好きそうだから、毛嫌いをすることはないけど。いい人そうだなあって思うけど。

 それとこれとは話がまた別。

「いちどね、わたし妹ができたら、こういうことしてみたかったんだ」

「え?」

 すると、栗山さんは私の身体に抱きついてきて、頭を撫でてきた。

「わー、髪の毛サラサラ―。もふもふしてみたかったんだよねー」

「ちょっ、栗山さん? きゅ、急に何をするんですか?」

「もう、栗山さんじゃなくて、お姉ちゃんって呼んでいいんだよ? 幼馴染ちゃん」

「ぜっ、絶対に呼びませんからっ、もう、くすぐったいんでやめて下さいよっ」

 前言撤回。やっぱりこの人、いい人じゃなくて、調子がいいだけだった。

「ああっ、逃げないでよー幼馴染ちゃんーうりうりー」

 一度彼女の腕から逃れたものの、すぐに捕まってしまい、私は再び深夜テンションの栗山さんに体をもふられる。

 本当にこの人、大学三年生なの?

 そうこうしているうちに、私たちは眠りについた。


 〇


 ……拝啓、実家のお母さん、お父さん。東京は怖いです。

 一日家を離れただけで、知り合いの女の人二名に、家を乗っ取られました。

「……なんで、僕がいないのに僕のベッドですやすやと眠っているんだよ……」

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