第34話 勘違いははやめに解くに越したことはない。

 この部屋で「あったかもしれない」光景を思い浮かべ、私はブンブンと頭を大きく振って忘れようとする。

 い、いやいや。よっくんが……そんな、順番を間違えるとか、そういうことするはず……。

「上川くん、まさかああいうのが好きだなんて、思わなかったけど……」

 モジモジと体をくねらせつつ、両手で頬を押さえる栗山さん。

 ……これ、ほぼまっ黒、なんじゃ……?

「あっ、あのっ……! ほんとに、『お友達』って何ですか?」

 最後に残った灰色を頼りに、私はもう一度彼女に尋ねる。

「そ、そんなに聞きたいの? もう、幼馴染ちゃんはおませさんだなあ」

「はっ、はやく答えてくださいっ」

「仕方ないなあ」

 栗山さんは座ったまま体を私の側に持ってきて、耳元でそっと囁く。

「……上川くんの、えっちな本のことだよ?」

 瞬間、私はせりあがっていた気持ちの波を一旦落ち着ける。タイムラグを挟んで、

「……そ、そっち、かあ……」

 気の抜けたような言葉が、私の口から漏れ出た。

 よ、よかった……。よっくんがこのひとと一線を越えていたとか、そういう弱みじゃなくて……。

 でも、それのタイトルって、何をしたら知れるんだろうか……。部屋を勝手に漁るとか? でもこの家そんなに広くないし、そういうことし出したらよっくんが気づくと思うんだよなあ……。

「はれ? そっち? 幼馴染ちゃん、何だと思っていたの?」

 い、言えない。勝手に勘違いしてかなーり恥ずかしいこと想像していたなんて言いたくない。

「い、いえなんでもないですっ、こっちの話なんで」

 ……あれ? さっきまで私、栗山さんののほほんとした感じにイライラしていたはずなのに、どうして……?

 ニコニコとした笑顔をこちらに向ける栗山さん。

 いつの間にか、ペースに巻き込まれていたみたい。

「あの。……どうして、よっくんのこと、好きになったんですか?」

 答えてもらっていなかった、もうひとつの問いを、再び投げる。

「え? そうだねー、まあ幼馴染ちゃんになら言ってもいっかー。えっとね」

 どうせ、優しいから、とか、そういう理由なんだろうけど。

「……私の友達を、最後まで助けようとしてくれたこと、かな?」

 しかし、発された言葉は、予想を大きく裏切るものだった。

「……と、もだち?」

「上川くんは気づいていないと思うんだけど、わたし、上川くんと同じ高校なんだ。だから、上川くんの『いいひと』の噂は知っていたんだ」

 ちょっと待って、同じ高校……? そんなのある?

「……わたしの同級生の友達も、上川くんのところに行ったひとりでね。まあ、相談は上手くいかなくて、結果として失敗に終わっちゃったんだけどね。上川くん、そのことをかなり悔しがっていた」

 表情は変わらず緩いままなのに、淡々と自分の過去を話していく栗山さんは、どこか懐かしむように独白を進めていく。

「……その友達、転校しちゃったんだけどね。結構、本気で重たい内容を上川くんに話していて、上川くんも頑張ってくれたんだけど……。やっぱり、だめで。でも、諦めずに最後まで、友達がいなくなる最後の日まで、どうにかしようと奔走してくれた。……わたしはさ、こんな性格しているから、友達の力にはなれなくてね。わかってるよ? 自分が色々緩すぎることは。だから、こそかなあ。……一生懸命な上川くんが、気づけば格好いいなあって思ったのは。それと同時にね、頑張りすぎで、潰れちゃうんじゃないかなあって。わたしが、一緒にいてあげられたらなあって。まさか、同じ大学の同じ学科に進学してくるとは思わなかったけどね」

 ……そ、それなりにきちんとした理由だった。きっとこの人のことだから単純に「優しいからー」とか言うと思っていた。

 なのに。

 そんな、真面目なこと言われたらさ……。機械的に嫌って言えなくなっちゃうよ。

 ギャップ、というか。なんというか。

「そ、そう、なんですね、はは」

 どうしよう。嫌いになりきれないよ。これじゃあ。

 完全に毒気を抜かれた私は、穏やかに笑みを浮かべる栗山さんの顔を見つめていた。

「あ、幼馴染ちゃん、もしかして今日ここに泊まりに来たの? ならさ、せっかくだし、一緒にお泊り会しない?」

 悪気も無いように、隣に座る栗山さんは、そう提案した。

「……は、はい、いいんじゃないですか?」

 断る理由を、私は見つけることができなかった。

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