第33話 ぼかして言うと大抵伝わるものも伝わらずに勘違いが起きる。

「えー? そんなこと言わないでよ幼馴染ちゃん。それに、ここは上川くんの家で幼馴染ちゃんの家じゃないよね?」

 私のプレッシャーにものともせず、のほほんとした栗山さんは「それじゃあお邪魔しまーす」と勝手に家の中に入って来る。

「ちょっ……」

 雰囲気通りマイペースというか、なんというか……。勝手知ったるというような様子でぴょこぴょこと進んでいき、コートを脱いであっさりとハンガーにかけてしまう。

 こ、このひと、慣れすぎじゃない……? 人の家来てあんなスムーズに上着かけられる?

 どれだけよっくんの家に来ているの……?

「け、結構ここには来ているんですか? 慣れているみたいですけど」

 私はテーブルの横に位置を取った栗山さんと向かい合うようにして座る。少し探りをいれてみよう。

「うーん、そうだなー、週に三回くらいは泊まっているかなー」

 週三? え? 今この女週三って言った? しかも泊まっている?

「……それ、本当ですか?」

「うん、そうだよー。あ、でももう日をまたぐ時間までバイトしなくなったからこれからは頻度減ってくかなー」

 バイトとかなんか色々言っているけど、そんなことはなんだっていい。

 ……よっくん。一度じゃ飽き足らずもう何度も何度もこのひとを家に泊めているの? 週三で? ……もうそれ、どっちが自宅かわからなくなるペースだよ。

 おかしい。さすがにそれはおかしい。よっくんがそんなに簡単に女の人を家に泊めるはずがない。


 ──こーら。気軽にそんなこと言わない。帰りたくないって言っても帰すからね


 こんなこと言うよっくんが、週三でなんて異常なペースで泊めてあげるはずがない。きっと、何か弱みを握られているに違いないんだ。

 待ってねよっくん、私がこのひとの呪縛から解き放してあげるから。

「……週三って、多すぎじゃないですか?」

「そうかもだけどねー。でも、上川くん優しいから、終電なくなったから泊めてって言うと、泊めてくれるんだー」

「……へー、そうなんですね」

 ……ああ、そっか。このひともよっくんの優しいところに食いつく虫だったのか。そっかそっか。

 確かに、終電がなくなったから泊めてと言えば、きっとよっくんは私でも泊めてくれる。でも、よっくんはそうなる前に帰そうとする人だ。何度も何度も同じ手が通用するとは思えない。だからこその弱みなんだと思うけど。

 このひとだって、きっとよっくんの優しさを吸い取るだけ吸い取って、用がなくなったらゴミ箱にポイ捨てするような奴に違いない。

 ……ほかの、よっくんをいいひと呼ばわりしてきた奴と同じように。

「でも、付き合ってもいない男女が半同棲みたいなことをするのは、いかがなのかなあって思うんですけど」

 だから、よっくんには私さえいればいい。私はよっくんにそんな思いをさせない。

「それに、もうハタチ越えたいい大人が、相手のきちんとした同意なしに半ば強引に泊まっていいんですか? そこまでしてよっくんにこだわる理由って何ですか?」

「え? 上川くんはいいよって言ってくれてるよ?」

 ああもう話が伝わらない。天然なのか単に頭が弱いだけなのか。どっちにしろイライラする。首をかしげてこっちを向く顔も可愛らしいからなおさらだ。

「そのいいよを、栗山さんが言わせているってことはないんですか?」

 思わず、語尾に力を込めてしまう。

「うーん、確かに上川くん、最初は嫌がるんだけど、わたしが上川くんの『お友達』の名前読み上げようとすると、慌てていいよって言ってくれるから、言わせているといえばそうかもしれないけど、ほんとに嫌なら追い出すと思うよ?」

 お、お友達の名前……? え、何それ、よっくん、もしかして悪い友達でもできたの? ま、まあそれが弱みなんだろうなあ……。なら、その弱みが何かだけわかれば、このひとの魔の手からよっくんを守ることができる。

「そ、その『お友達』って……何ですか?」

 私がそう聞くと、栗山さんはポッと顔を赤らめて、

「お、幼馴染ちゃんにはまだ早いかなあって……」

 あ、あれ? 私の思ってた反応と違う。悪い友達じゃない? ……そんな、恥ずかしがるようなことじゃ……。私にはまだ早い……あ。

「っっっっ!」

 まままままさか、よっくん? そ、そんなはずないよね? 付き合ってないんだよね? そ、そんなはずないよね? 何度も泊まっているって言ってるけど、そこまで行ってないよね?

 そうだよね? よっくん?

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