第30話 戦いの時間は始まる前から始まっている。
色々あったクリスマスも終わり、年末の四日間が来た。この言い方でピンと来た人は僕と同類だと思う。
即売会である。年に二回、夏と冬にあるあの。
毎回毎回始発ダッシュや献血の量えげつないだの、転売ヤーなどSNSを賑やかすのに事欠かないオタクの祭典に、僕は高校生のときから参戦し続けている。無論、買う側で。高校卒業までに集めた薄い本は、実家の僕の部屋の本棚に今もしまい込まれているはずだ。大丈夫。当時はまだ十八歳未満だったから、えっちな本は買ってない。ゆえに親に見られても何も問題はない。親にはオタバレしているし。
ただ、年齢を重ねるごとに増していく残念な三大欲求のうちの一つはそのはけ口を二次元の女の子に求めるようになってしまい、僕の一人暮らしの部屋の押し入れにしまっているカラーボックスには絶対に親や綾、栗山さんには見せられない量のえっちな薄い本が詰まっている。ん? 栗山さんは知っているのか? この中身……? まさか全部知っているわけではないだろうし……。
今年も御多分に漏れず、成年向けの同人誌「も」買い集める予定だ。多いのは全年齢のだから……さすがに。クリスマスが明けた段階から、目当てのサークルの情報をくまなくチェックし、即売会で買うべきもの、委託や通販で買うべきものを仕分けている。
「とりあえず……これでいいか……」
僕は事前に書店で購入しておいたカタログに付属している館内図に回るべきサークルの印をつけていき、ひとまずその作業が終わったところだ。
「一人だと回れる壁サーの数も限られるしなあ……」
壁サーとは、壁際に配置されているサークルのことで、人気サークルが配置されることが多い。大抵、商業化されているイラストレーターさんとかが本を頒布するので、当然そのサークルにはえげつない列ができる。ほんとに。そういう列にばっかり並んでいると、一人で参加する僕は欲しいものを買えなくなってしまう恐れが高くなる。ちょくちょく、「お前はあっち、お前はそっち、俺はこっち」みたいな話が出てくるのは、役割分担をしているんだ。そのほうが効率いいし。
でも僕は一人。回れる壁際サークルはせいぜい三つが限度(いや、僕の場合はね。上手い人はもっといけるかも)。それ以上回ると他に影響が出る。
「まあ、当日買うのはこれくらいでいっか……」
僕は今回の冬に行くのは三日目と四日目だ。三日目はサークルのほうを回り、四日目は企業ブースに行く。
「あとは……」
僕は勉強机に広げていた地図をたたみ、他のことに思考を巡らす。
「……どうやって綾と栗山さんを撒くかなんだよなあ……」
今年の夏の即売会、始発で行った三日目は問題なかった。しかし、四日目は九時くらいに家を出たところ、家に遊びに来た綾と鉢合わせてしまった。どこに行くのかしつこく聞かれ、しぶしぶ即売会ですと言うと「私も行きます」と言って聞かなかった。お金がかかるから無理だよとなんとか説得してそのときは諦めてもらったけど、もう綾は僕が夏の三日目を始発で行ったことを把握している。教えていないのに。きっと僕の母親あたりが漏らしたのだろう。
ということは、今回の冬の三日目(というより前日の二日目の夜に)、綾がここに来る可能性は非常に高い。
……しんどいのもあるし、朝の満員電車じゃ効かないくらいギュウギュウな人口密度だから、そういう場所に綾を連れて行きたくないのが本音だ。……割合として男多いから、綾が何か嫌な思いするのも避けたいし。……あと、僕が普通にえっちな本買えなくなるから連れて行きたくない。
あと、もはやどこから湧いて出てくるかわからない栗山さんだ。もう髭を生やしたキャラが頑張る某有名ゲームのクボリーなみに僕のところに現れるから、三日目の三十日早朝、もしくは二十九日の夜に「来ちゃった、えへへ、泊めてほしいなあ上川くんっ」とやって来るのは十分にあり得る。
「うーん……でも徹夜はダメだしな……」
考えられる対応として、もう終電で会場入りしてしまえ、というのがあるが、それは徹夜で開場を待つことになってしまい、即売会の規則に違反してしまう。っていうか徹夜は僕が嫌だ。前日は寝ないともたない。
「……島松とか星置の家に泊めてもらわせて、そこから行くのが正解かなあ……」
実家は、綾の家と近くなってしまい解決になっていない。なら、綾も栗山さんも知らない友達の家に逃げさせてもらえばいいんだ。
あ、これ名案かも。
僕は早速まず星置に連絡をしてみる。すると、年末は実家に帰っているから無理と返事が来た。
そりゃあそうか……。続いて、島松に聞いてみると、特に予定ないからいいよーというサインが来た。
「よし」
……なんで、当日のことより、前日のことのほうに頭を悩ませたんだろう、僕。
とにかく、これで僕は安心して即売会で本を買い集めることができる。綾や栗山さんを気にすることなく。……僕だって、一人の時間も欲しいんだよ……。
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