第21話 難聴キャラには難聴キャラになるだけの理由がある。

「あ、あの……上川くん……悪いんだけど……そこのコンビニで下着……買ってきてくれないかな……?」

 さすがの栗山さんもそれを言うには幾ばくか恥じらいがあったようで、モジモジと大きいジャージを両手でこすり合わせつつ僕にお願いしてきた。

 まあ予想の範疇内。

「わかりました、いいですよ」

 勉強机の上に置いていた財布をひょいとつかみ、上着を着こんで外に出ようとしたそのとき。

「替えないのを忘れていて……ぜんぶ洗濯機に放り込んじゃったんだよね」

 ぜんぶせんたくきにほうりこんじゃった? は?

 僕はその発言に足を止め、部屋に留まっている栗山さんに視線を向ける。

「……今、なんて言いました?」

「も、もう……二回も言わせるなんて上川くんって実はいじめっ子なのかなあ……」

 なんならお酒が入ったときよりも頬を赤く、そう、桃色よりも濃い赤色に染めて彼女は続けた。

「……ぜんぶ、洗濯しちゃったの」

 ぜんぶ、洗濯しちゃったの。なるほど。……ということは、今栗山さんが着ているのは僕の貸したジャージだけ──んんんん?

 僕はようやく今起きている事実を認識した。改めて部屋にいる彼女の姿を上から下まで見通す。

 つ、つまりこのぶかぶかのジャージの下は……。う、生まれたままの栗山さんの姿があるって訳で……。

「……今すぐ買ってくるんでもう洗濯が終わっていると思うので今すぐ栗山さんは洗濯物を干してください僕の目に入らない場所にいいですね」

 早口にそう指示を出し、こちらも真っ赤になった顔をどうにか隠しながら僕は家を飛び出す。

 上はわかるよ。上を着けないのはまだあるかなあって思ったよ。全部なんてそんなオチあるかよ! もう僕あのジャージ(特にズボン)着られないじゃないか! 栗山ああ!

 叫び出したい衝動をぐっとこらえ、僕は早足で家の近くのコンビニに入る。何も見ずに女性用の「とか」ひとつをかごに突っ込み、適当に温かい飲み物も一緒にかごに突っ込む。

 菩薩の如く無の表情を持ち僕はかごをレジに置く。男性の店員さんでよかった。きっと内心「このリア充め爆発しろ」とか思われているんだろうけどもうそう思って下さい。女性だったらもう恥ずかしくて二度とここのコンビニ行けないと思うから。

 僕は勢いよく家に戻り、部屋で待っていた栗山さんに買ったそれを渡す。

「いいい今すぐそれ履いてくださいっ。今すぐですよっ」

「あ、ありがとー」

 それを受け取った栗山さんはパタパタと駆け足で洗面所に向かう、も。

 ズボンが大きすぎてずり落ちそうになってしまう。

 最後まで油断するんじゃねえよぉぉ!

 慌てて視線を逸らし、他に合わせて買ったコーンポタージュを敷いた布団の枕元に置く。

 少しして栗山さんはこちらに帰って来た。

「ご、ごめんねいろいろと至れり尽くせりで……」

 これでようやく僕のズボンの安寧は取り戻されたようだ。……二度と履かないからもう一式栗山さんにあげようかな……。

「その、これは今日も泊まっていっていいってことなのかな……上川くん?」

 布団の上にちょこんと座る彼女は、ベッドに腰かけた僕にそう尋ねる。

「はい、もう今日は仕方ないのでいいです……あとそのジャージもあげます……寒かったと思うのでよかったら枕元のそれ飲んでください……僕はもう、寝ます……好きなタイミングで電気消してください……では……」

 これ以上栗山さんを直視するとどうにかなりそうな自信があった僕は、それだけ言い頭から布団を被った。

「……ほんとうに、ごめんね上川くん……」

 謝るんじゃないよ栗山さん……。あなたそういうキャラじゃないでしょ……? あなたは無自覚に僕をきりきり舞いさせて、それを何一つ悪気なくけど確信的にやるのが栗山さんでしょ……?

 そこで、そこでそんなふうに謝られたら……。

「……許さないわけにいかなくなるじゃないですか……」

 絶対に聞こえないくらいに大きさを絞ったそれは、布団のなかに反響してしばらく僕の耳に残っていた。

 しばらくしてポタージュを開ける音が響き、ふーふーと熱を程よく冷まそうとする息の音や「おいしい……」とそっと呟く彼女の声が聞こえてきた。

 そうしたのちに、栗山さんも眠ることにしたのか、部屋の電気を消し、ガサゴソと音を立てて布団に入ったようだ。

 昨日以上に、僕はなかなか寝付くことができなかった。

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