第22話 徹夜には二種類ある。意図した徹夜と、意図していない徹夜だ。
身体に残ってしまった熱を持て余す、っていうのはこういう瞬間を言うのだろうと思った。かれこれずっと眠れないまま何時間が経っただろうか。
さっきまで酒に酔って寝ていたにもかかわらず隣の布団で栗山さんはやはり心地よさそうな寝息を立てていた。規則正しく上下する布団が、彼女の眠りの深さを物語っている。
この光景が二日続き、明日(正確には今日なのかもしれないけど)もバイト上がりの時間が零時になる栗山さんはまたここに泊まるのだろう。
つまり何が言いたいかと言うと、健全な思春期以降の男性諸君ならわかってくれると思う(わからない人はそこら辺に転がっている一人暮らしの男子大学生に聞いてください)。
ここで最初に呟いたモノローグに返ってくる。
まあこれまで散々突っ込んで反応もしてきたから察しはついているだろうけど。
そんなこんな色々な事情が相まって、とてつもなく僕は寝付けないまま、気が付けば少しずつカーテンの隙間から差し込む朝陽が暗闇を照らして来ていた。
「……なんで徹夜になっているんだよ……」
ひっでえ顔なんだろうな、と思いつつパシャパシャと台所のシンクで顔を洗い形だけでも目を覚まそうとする。きっと洗面所に栗山さんは洗濯物を干したのだろうから、そこには足を踏み入れないでおく。
「朝ごはん……どうしようかな……」
まったくもって働かない脳細胞をフルに動かし、ようやくパンを焼いて食べることを思いつく。
トースターに食パンを放り込み、冷蔵庫からおもむろに牛乳を取り出してマグカップに注ぐ。一気に飲み干して口についた牛乳ひげをティッシュで拭きとった頃にトースターのチンという音が台所に小気味よく響き渡った。
モグラたたきのモグラの要領で出てきたパンの頭をひょいとつかみ、皿にのせる。ジャムとかマーガリンとか塗って然るべきなんだろうけどそこまで頭が回らない。
部屋に戻って食べるのは咀嚼音で栗山さんを起こしてしまうかもしれないので、冷たい台所の床に座り込み、部屋と繋ぐドアに背中を預け一人朝ご飯を食べ始めた。
玄関横についている小窓から流れる光が、今日はやけに眩しい。きっと、今日は雲一つない青空が広がる快晴なんだろうな、とボケた頭のなかで考えたりしていた。
最後の一口を食べきって、皿を流しに置こうと立ち上がったタイミング。
「上川くん……? もう起きてたんだ、おはようー」
ドアが開き、そこには片目をこすって寝癖がついて色々とスイッチが切れている栗山さんが立っていた。
「お、おはようございます、すみません、起こしちゃいましたか?」
「ううん、上川くんより先に起きて洗濯物畳んじゃおうって思って早めにアラームかけただけだから……あれ? わたしもう後に起きてる……?」
うん、そうですね、僕が先に起きましたね。
「……大丈夫ですよ、洗面所に干しているんですよね? そこには入っていないので見てないです。……これからトイレに入るのでその間に畳んじゃってください……」
「わ、わかった」
流しに食器を置き、そのままトイレに籠る。
温かい便器が今日はいつも以上に僕に優しい。もうトイレに住もうかな……。でもそれだとアニメも漫画も読めないから駄目か。なら、六畳くらいあるトイレを作れば完璧か……。
バタバタと色々やっている音が聞こえてくる。ドアの向こう側には恐らく自分の服とかを畳んでいる栗山さんがいるのだろう。その姿を想像するだけで、なんか同棲中のカップルを思い浮かべてしまう。実際は全然違うのだけれど。同棲もしていないし付き合ってもいないのだけれど。
「上川くん、もういいよ、ありがとー」
そんな声が聞こえてきた。用も足していない僕はレバーを引いてトイレの水を流し外に出た。
部屋に入ると、もう栗山さんは布団を畳むところまでやってくれたようで、部屋にある程度の広さが帰ってきていた。さすがに布団まで敷くと狭くなるから。
「今日も泊まるんですよね……? ここに」
部屋の真ん中に体育座りをしている栗山さんに僕は尋ねる。
「うん」
「なら布団はこのままにしておくんで」
「わーい、ありがと上川くん」
「で、栗山さんは何時に家に帰るんですか?」
「うんと、そうだね、朝ご飯食べたらもう帰ろうかなーって」
……少し意外だった。栗山さんのことだから、お昼くらいまでここにいてもいいー? とか聞いてくるかと思ったけど。
「そうですか、今日は僕、三から五限なので。それ以降だったら家にいるんで」
「りょーかいです」
ぴしっと敬礼をして応えるその様に、思考が死んでいる僕は少し素直に可愛いかもと思った。
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