第20話 彼シャツって現実で見たことないけどどうなんだろうね実際。
「あ、あれ……わたし……寝ちゃってた……?」
……腕の中で目覚めたこの人はお姫様か何かだろうかと指摘したくなるほど、僕が名前を呼ぶとあっさりと目覚めた。
「……か、上川くん? どうしたの? 急に私を抱っこしちゃって」
どうやら酔って眠ると酔いが醒めるようだ。幸せな人なこって。
「お風呂が沸いたので……入って下さい。そのままで寝ると風邪引きますから」
「い、いいの? ってあれどうしてわたし頭とか服濡れているだろう」
そして記憶が飛ぶタイプのようだ。本当に都合がいい。……でも、そのほうがお互いにとって幸せかもしれない。
あんな場面、栗山さんだって覚えていると恥ずかしいだろうし。僕だけが覚えているなら僕が思い出さないようにすればいいだけだ。
つまり、なかったことにしてしまえばいい。
「酔っている間に色々あったんです。もう気にしなくていいのでお風呂入っちゃってください。濡れた服とか……もういっそ紙袋のなかにある脱いだ服とかも入れてもらえれば一緒に洗濯機回しちゃうので……」
「あ、ありがとうねー」
栗山さんは僕の腕のなかからそっと抜け出し、ふわふわと羽が生えたかのようにゆらゆらと揺らめきつつ台所の隣にある浴室へと向かっていった。
「着替えとか適当に用意して置いておくんで、何かあったら呼んでください」
「りょーかいでーす」
ドアが閉まった洗面所の先から気が抜けるような調子の返事が聞こえてくる。やがて浴室のドアが開け閉めされる音がして、シャワーの音が響き始める。
僕はタンスのなかから栗山さんが着られそうな服を適当に見繕う。……もう僕の高校のときのジャージでいいかな……。
お互い平均身長くらいあるので、体の差はそこそこある。僕は170半ばで、栗山さんは見た感じ150後半くらいだろう。
となると……いや、仕方ない、何渡してもダボダボだろうから無難にジャージを渡そう。さすがに女性の履く下着は持っていないので(持っていたら僕の趣味が本当に疑われる)そこは我慢してもらおう。なんだったらそこのコンビニで買ってくればいいし。……恥ずかしいけど、僕の責任でこうなったので背に腹は代えられない。
洗面所の前に立ち、ノックをしてから中に入り少し大きな声で浴室にいる栗山さんに声を掛ける。
「着替えここに置くんで、それ着ちゃってください、多分サイズ合わないと思いますが。あと、今から洗濯機かけるんで」
「うんー、ありがとー」
僕は色々彼女が脱いだ服なりなんなりが入った洗濯機のふたを閉じ、スイッチを入れる。指示された量の柔軟剤を放り込みスタートボタンを押す。これで僕がやるべきことは終わった。
部屋に戻って、ベッドの側面によしかかるように腰を落とす。
「はぁ……ここ最近激動すぎる……」
これまでの普通の大学生生活は一体何だったんだってくらい平和の二文字は遠くに霞んでいる。主に栗山さんのせいで。
……なんで栗山さんは、僕のことが好きだなんて言うのだろうか。
だって、初対面だったんだ。自分で言って悲しくもなるけど、僕は一目ぼれされるようなイケメンでもないし、スポーツができるってわけでもない。勉強もそこそこだから、僕を利用しても単位が楽に取れるわけでもない。そもそも栗山さんは先輩だから、単位取得のための利用は考えにくい。
……じゃあ、初対面っていう僕の思い込みが間違っているのか、どこかで栗山さんが僕のことを知っていたのか、どちらかだろう。
……出会ってまだ数日だけど、今度ちゃんと聞かないといけないのかな……。
でも、教えてくれるのだろうか。前に聞いたときはちゃんと答えてくれなかったし、今度もはぐらかされる可能性は十分ある。頭のなかにお花畑が広がっていそうな栗山さんのことだ、むしろちゃんと答えてくれることのほうが少ないだろう。
ガクリとうなだれて、僕は栗山さんがお風呂から上がるのを待った。時刻は二十三時を少し回っていた。
「こりゃ……今日も泊めることになりそうだ……」
さすがに僕のジャージを着せたまま家に送り返すわけにはいかない。しかしこれに関しては全面的に僕が悪いので、諦めて押し入れにしまった布団を再びベッドの隣に敷いた。少しばかり、栗山さんのものらしき長い茶色の髪の毛が確かに混じっていた。
洗濯が終わるのが先か、栗山さんが上がるのが先かという頃合いになって、先に浴室のドアが開く音が聞こえた。どうやら栗山さんのほうが早かったようだ。それから少しして、
「ありがとう、おかげで助かったよー」
と言いつつ、案の定ダボダボのサイズのジャージを着た栗山さんが部屋に戻ってきた。ズボンの裾、床についているし。
しかし、次のタイミングで、常に僕の予想を斜め上に裏切る栗山さんはとんでもないことを口にした。
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