第17話 他人の教えてくれる終電を鵜呑みにするな。
「そ、それじゃあまた次の土曜日に来ますね、よっくん」
「うん、気をつけて帰るんだよ」
綾を見送った僕は、引き続き悪魔が居座っている部屋に戻る。
「それで、いつ帰るんですか? 栗山さんは」
「うんとね……そうだなあ、終電で帰ろうかなあ……」
唇に人差し指を当てて考え、そう答えるツインテール。いや待て。それは許さないです。
「そう言ってまたどさくさに紛れて終電逃すつもりじゃあないでしょうね? 駄目です。終電何時ですか? それの三十分前には帰ってもらいます」
「えっとね……終電は零時二十八分かなあ」
……八王子から横浜方面に向かう電車の終電ってそんなに遅かったか? 普段横浜線乗らないからわからないけど……。
僕は不安になったので乗り換えアプリで「八王子→長津田」の終電を調べる。
「終電二十三時四十一分じゃないですかっ、何サラッと嘘ついているんです栗山さん?」
本当に暇さえあれば僕の家に泊まろうとするなこの先輩は。
「えへへ……バレちゃったかあ……」
「それなら二十三時には帰って下さいよ」
「はーい、それだとあと三時間くらいはいられるねー。何しようか、そういえば、上川くんって夜ご飯もう食べた?」
「……いえ、綾とごちゃごちゃやっていたのでまだ」
「じゃあさっ。わたしが上川くんに晩ご飯作ってあげるよっ」
栗山さんはキラキラとした目を僕に向け、そう提案する。
「え、別にいいですよ、自分で作れますし……」
「でもでも、今日の朝作ってくれたごはん美味しかったから、そのお礼にっ、いいでしょ?」
……これいいですって言うまで引き下がらないなきっと。
「わかりました、じゃあお言葉に甘えてそうさせていただきます。冷蔵庫のなか勝手に使っていいので」
「うん、わかった」
そうして、栗山さんはどこから出したのか持ってきていたらしいエプロンを着用して台所に入り晩ご飯を作り始めた。
「おっ、お酒あるんだね、飲んでいっていいー? 上川くん」
冷蔵庫を開けて中身を見たのだろう、向こう側でそう言う栗山さんの声が聞こえる。
「いいですけど、明日大丈夫なんですか?」
「うん、水曜日は全休だからー。それにバイトも夜のシフトだし」
「……一応聞きますが、そのシフトってまさか」
「零時までだよー」
「終電超えてるんじゃないですか明日も僕の家に泊まる気だったんですか……?」
「だから色々置かせてもらったんだよー?」
もう何も突っ込まない。負けな気がしてきた。
「ねえ、上川くんは何かリクエストあるー?」
エプロンを身にした栗山さんはひょこりとドアの隙間から顔を出して尋ねる。その姿を見て一瞬心臓が跳ねたような感じがしたのはきっといつか見た画集か何かでこういう新婚のシーンがあったからだろう。
外面は可愛いから。悔しいけど。
別に何でもいいけど、それを言うと迷惑がられるのが大体だ。あの冷蔵庫の中身でできるものと言えば……。
「そうですね……じゃあオムライスで」
「オムライスねーりょうかいでーす」
僕はパッと思いついたメニューを口にして、無意識のうちにテレビの電源を入れた。
待っている間、溜めていたアニメでも消化しよう、二話くらいならきっと見られるだろうから。
そろそろ年末のオタクの祭典もあるわけだし、それより前にどうにかして秋アニメは見切らないといけない。隙間の時間を上手く使わないと……。
台所から流れてくる栗山さんの鼻歌をBGMに、僕は四十八分の間、画面の世界に身を投じていた。
ちょうどふたつ目のエンディングが終わり、次回予告が映し出されたタイミングで、黄金色に輝き美味しそうな香り漂うオムライスの乗ったお皿を片手に栗山さんがやって来た。
「できたよー」
トンと優しくお皿を置くと、さらにその出来栄えの良さが強調される。
「は、半熟……だと……?」
「えへへー、頑張っちゃった」
出されたそれと栗山さんの気の抜けたような笑みを見比べ、僕は唖然とする。
こ、この先輩、この雰囲気で料理上手なのかよ……!
心の中で思ったことはひとつ。
反則だと思います。
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