第16話 自分の発言と行動には責任を持ちましょう。

「えっと、なんのことかなあ綾。気のせいだと思うけどなあ」

 崖っぷちに追い込まれた僕は、視線をさまよわせつつ部屋のなかを無意味にぐるぐると歩き回る。

「だって、さっきあんなに必死になって三分間だけ待ってくれって……」

 なんのことか全くわかっていない綾は、どうやら僕を崖から突き落としたいみたいだ。

「それが無理なら三十秒でもいいからって……」

 突き落とすだけでは満足せずに、さらにその崖をダイナマイトで爆破するところまでやりたいようだ、僕の幼馴染は。オーバーキルだって……。

「上川くん。あんなに匂いとか嗅がないでねって言ったのに……やっぱり上川くんって……そういうフェチだったんだね……」

「ちっ、違います違いますから……」

 ああもう。僕は自分の髪をくしゃくしゃと乱雑に掻きむしり、ベッドの下に放り込んだ紙袋を引っ張り出す。

「……ここです、綾に見つかると面倒だと思って……」

「そんなにわたしの服とか欲しいなんて……恥ずかしいよ……」

 両手で熱くなった頬を押さえて、控えめにこちらを向く栗山さん。

 ちょっと大人しめのキャラを作るんでないキャラを。

 綾は綾で悲しそうな表情を浮かべているし。

 どこかいたたまれない空気に僕の部屋が包まれたタイミングで、綾のスマホが着信を知らせた。

「あっ、すみません……」

 彼女は部屋を出て台所で電話を取ったようで、閉まったドア越しに綾の話し声が聞こえてくる。

「ねえねえ、上川くん、本当のところは、紙袋隠して何をするつもりだったの?」

 栗山さんはベッドに腰かけていた僕の隣に座り込み、じっと顔を覗き込んでくる。

「なにも、ただ綾に見つからないようにしただけで、それ以上の意図なんて……あ、それより。栗山さん、僕の家に化粧道具一式全部置いてきましたよね?」

「えへへ……見つかっちゃったかあ……でもいいよね? これからもちょくちょく泊まりに来ると思うから」

 ……どこまで確信的にやっているんだこの人は。怖い怖い。

「よくないです持って帰って下さい」

「えー? でも、この先しばらく終電超える時間までバイト入れちゃっているから、ここ泊まれないと困っちゃうよー」

 ……ここしばらくって……一度や二度じゃないよな? 仮にタクシー代が一万だとしたら……。

 財布の中身も寒くなりそうだし、今僕の身体もなぜか寒さに震え出した。エアコンつけたはずなのに……。

「も、もう知りませんからね。勝手に漫画喫茶とかカラオケとかで夜を明かすか、そのまま始発まで働いていてくださいっ」

「う、うう……上川くんがいじめるよぉ……」

「自業自得です。一体どれだけ僕の信頼をなくすようなことしてきたと思っているんですか」

 泣き落としをしようとしたって無駄だ。そもそもなくす信頼もないし、なんならもうマイナスだ。

「そ、そんなあ……二十歳そこそこの女の子に週三でそんなところに寝泊まりしろって言うんだね……上川くん」

 こ、この人週三で僕の家泊まろうとしていたのか! 油断も隙もあったもんじゃないな。

「……そのうちお金もなくなって……きっと上川くんの家の前で寝泊まりすることになるんだろうな……さむいなあ……さむいなあって言いながら……」

「…………」

「そしてきっと、いつも上川くんが夜な夜な読んでいるような漫画みたいに……知らない男の人にひどいこと」

「ああもうわかりましたわかりましたからっ! もうシフト入れちゃった日は泊めるんでもうそれで勘弁してください! ただ、もう終電に間に合う時間に上がるか、始発まで働くかのどっちかにしてくださいよ? あと、僕はそういう系統は好みじゃないんで読みません」

 なんか、結局栗山さんの手のひらの上で踊らされているような気がするんだよなあ……。僕って実はちょろいだけ?

「えへへ……やっぱり上川くんは優しいね」

 さっきまで泣きそうな顔を作っていたにも関わらず、もう今はにっこり笑顔を浮かべている。

 完全に僕の家は、この隣に座っている美少女の皮を被った悪魔に侵略されかけている。

 こ、このままではいけない……どうにか、どうにかしないと……。

 綾の電話が終わり、部屋に戻ってきたタイミングで僕と至近距離でベッドに腰かけていた栗山さんに綾が突っかかるシーンもあったが、綾が母親に買い物を頼まれて帰らないといけなくなったことにより、事なきを得た。とりあえず、僕の命は救われました。

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