第13話 女性が泊っていった形跡って男性には気づけない部分も多いみたいだから気をつけろ。あ、浮気はダメだよ。
温度が零度を下回るような調子で、綾は僕を洗面所に呼んだ。
「ど、どうかした……綾?」
「これ、なんですか……? よっくん」
綾は鏡の前で、薄っぺらいヒラヒラの紙を僕の前に掲げた。
「え、な、何それ……?」
僕が今日の朝に顔を洗ったときはそんなものなかったし、さっき家に帰って手を洗ったときも……いや、待てよ?
……単に見えていなかっただけってパターンか? あんな薄い紙、見たことないし……。
「なんで、これがよっくんの家にあるんですか……?」
と、とにかく今言えることはひとつ。
綾が怒っている。それだけだ。
「い、いや……え?」
「なんで、フェイシャルティッシュがよっくんの家に落ちているんですか? よっくんがこんなの使うわけないです。誰か、女の人がここでお化粧でもしていったんですか?」
栗山さんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! あの悪魔……! どこまでも僕を苦しめやがって……!
「……ちょっと、引き出し開けますよ」
凍り付いた表情を固めつつ、綾は洗面所の戸棚を開ける。確か、そこにはドライヤーとか化粧水くらいしかないはず……。
なのに。戸棚のなかには何やら見たことのないボトルやらなんやらが並んでいた。
くーりーやーまぁぁ!
あの先輩、なんか荷物軽くなってないかって思ったけど、気のせいじゃなかったみたいだ。……化粧道具まるまる僕の家に置いていきやがった!
「……よっくん? どういうことですか? 私に隠れて、実は女の人をしょっちゅう連れ込んでいたんですか?」
綾の表情が死んでいるよ。いや、僕の表情も違う意味で死んでいると思うけど。
「そっ、それは……僕の母親の」
「ダウトです。よっくんのお母さんはそんなにここに来ていないはずです。毎日朝に顔をあわせるので、少なからずここでお化粧をする理由はありません」
もう退路塞がれたんですけど。おいおいおいどうしてくれるあの悪魔め。
「どういうことですか? 説明してください、よっくん!」
あちゃー、なんで僕生まれてから彼女できたことないのに浮気を追及されているような気分を味わっているのだろうか。かの有名なクズ主人公も、こんな状況のなか刺し殺されたのだろうか。……せめてもうちょい穏やかな死に方したいなあ。
「そっ、それは……ちょっと、終電がなくなった先輩を泊めることになって、それで荷物重くなるって言ってとりあえず今日だけ道具を置いているんだよ」
嘘はついていない。うん。
「……終電がなくなった理由はなんですか?」
「ば、バイト」
「どうしてバイト帰りの女の人がこんなにたくさんの化粧道具を持ち歩いているんですか? 持ち歩く量にしてもこれは多すぎます」
一瞬で痛いところ突いてきた。うん、僕も言っていてそう思ったよ綾とは仲良くできそうだ。嬉しいことだ。……ははは。
「よっくん、まさか。私以外の女の人を予定して泊めたんじゃないですか? でないとここにこれだけの道具があることの説明がつきません!」
「それはマジで違うから、本当に終電なくなって泊めてって言われたんだっ。ほ、ほら、今日泊まった先輩、なんか変な人だからさ」
いやー、僕も同じこと言われても信じないなあこの言い訳。本当のこと言っているのに嘘っぽく聞こえるもの。すごくない? もう栗山さん許さない。
「そんな人いるわけありません! ちょっともう一度ベッド周り改めさせてもらいます……!」
僕もそんな人いないって思っていたよ。ついさっきまで。
プンスカ怒りながら綾は洗面所から部屋に戻り、ベッドの近くを色々漁っている。……まあ、ね。これで正方形のなんか怪しいものとか、ゴミ箱になんかゴムっぽい何かとかが捨てられていたら現行犯でアウトだけど、さすがにそんなものはないことを既に確認済みだ。そこまで僕は間抜けではない。
「……ベッドにはなにもないですね……ちょっと、押し入れのなかの布団見ますよ?」
「もうご自由にどうぞ……」
僕は両手を広げ降参の意を示しベッドに腰掛けた。
「……っ! 髪の毛……! しかも茶髪……!」
はい、決定的ですねー。僕は黒髪、栗山さんは茶髪。もう言い逃れできません。
これはもう、どうしようもない。ちゃんと布団を洗わなかった僕が悪いのかもしれないけど、そんな一度くらいで洗濯とかしていたらキリないし……。
「よ、よっくん……信じていたのに……!」
うるうると瞳に涙を浮かべ始める綾。いや、裏切られたみたいな顔しないで。そもそも何も裏切れること作ってないからね綾と。……しかしどうしよう収拾つかないよこれ。
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