第14話 何事もほどほどがちょうどいいんだよ。タイミングも、向ける好意も。
「そ、その女の人とはどういう関係なんですっ? も、もう、こ、恋人とか、そういうんじゃ……!」
グイグイとベッドに腰かけている僕に迫ってくる綾。あまりの勢いに、僕の背中が布団にくっついて、端から見ればベッドの上で襲われているような絵になる。……需要あるのかこれ。
「だーかーら、ただの先輩だって言ってるだろ? この間、僕に恋人なんているわけないですねってはははって笑ったばっかりじゃないか」
「そっ、それは……そうですけど! それとこれとは話が別です!」
いや同じだと思うけどなあ。
綾は更にヒートアップしてしまい、肩口くらいまで伸びているサラサラとした黒い髪が僕の頬に当たる。顔近いです綾。
「よ、よっくんの初めての恋人は……私がなるって決めていたのに……!」
おーい、誰だそんなこと決めた奴。僕は了承した覚えないぞー。
「よっくんには私がいればいいんです! 他の女の人なんていらないんです! そうですよね?」
なんかヤンデレっぽい台詞まで飛び出してきたんですけども。え、これマジで大丈夫? 残酷描写なしにしているけどタグかけなくて平気ですか?
しかもどんどん僕の身体に密着してきているから、僕の膝に綾の太ももの感触だとか、かぐわしいシャンプーの香りが鼻に入ってきて……ああもう。
「だから、綾、落ち着いてって!」
こうなったら仕方ない、最後の手段だ……。
暴走待ったなしの綾の両肩に手を置いて、僕はググっと体を起こす。時計の針が進むように綾も一緒に動いて、ちゃんとお互い地面に対して垂直な状態で向かい合う。
「……僕に彼女はいないって言っているだろう? 本当だから、そうだから。綾は真面目で気遣いも出来て、ちょっと思い込みが激しいのがあれだけど、いい子だから、な?」
僕は幼馴染の頭をよしよしと撫で、軽く僕の胸元に抱き寄せる。
……小学生くらいのとき、泣き止まない綾をあやすために見つけた方法だ。こうするとほぼ確実に綾は泣き止む。……方法が方法なので、綾が十歳を超えたあたりでやらなくなったけど。
「よ、よっくん……?」
それは、高校生になった今でも効果があったようだ。ついさっきまでまくしたてるように紡いでいた彼女の言葉回しは落ち着いたものになり、少しばかりか表情もとろけてきている。……やっぱり駄目じゃね? この方法。
「よしよし……綾はいい子、いい子だから……落ち着こうな……?」
しかし僕の命もかかっているのでそんなことは言っていられない。これを放置したらきっと僕は次の瞬間包丁で刺されて死んでしまう。
「よーしよし……綾はいい子。綾は優しい子」
懐かしいな、本当に。こんなこと言うのはかなり久し振りだ。
ようやく平静を取り戻した綾は、少しして我に返った。
「わ、わわ私……今なんてことを……」
あ、記憶は残っているのね。
「ご、ごめんなさい……! わ、私、よっくんのこと何も傷つけてないですよね? 怪我とかさせてないですよね……?」
あわあわとテンパりだす綾。これはこれで可愛い。
「……大丈夫だよ、僕は。まあ、思い切り体密着させてきて僕の貞操の危険はあったけどね……」
「ご、ごめんなさい……」
シュンとしたように小さく座り込む綾。さっきまでの勢いの影はもうどこにもない。
ふう……なんとか鎮火に成功したかな……。
なんて、安心したときだったよ。ええ。
ピンポーン。
「──っ」
「かーみーかーわくーん。来たよー」
……もう狙っているんじゃないですかってくらい最低なタイミングで、その悪魔の声はした。
「あれ、鍵開いている……入っちゃうねー」
おいいいいい! 綾ぁぁぁぁ! ……鍵かけてなかったのかよ!
ダラダラと額に汗が浮かんでくる僕。それを、冷たい目線で見る綾。あーあ。また加熱しちゃったよ。
「上川くんー来たよー? ってあれ? 上川くん、この子、だれ?」
……これがもしラブコメだと言うのなら、僕は作者に精一杯の恨みをぶつけてもいいだろう。昼ドラみたいなぐちゃぐちゃした愛憎関係じゃないんだから……もうちょいスマートな関係描きましょう?
僕の部屋に対峙した綾と栗山さん。
場違いなくらいニコニコとした顔をした栗山さんと、ビビるくらい怖い顔をした綾。
……修羅場待ったなしの空気ですね。どっちも僕の彼女ではないけど。どうしろと?
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