第10話 八王子って当駅始発の電車が多いから朝の通勤はそれなりに都合がいいと思う(距離は個人差あるとして)。
「お邪魔しましたー」
八時十分。予定通り僕と栗山さんは家を出発。もちろん(もちろんってなんだ)、栗山さんの脱いだ服は一旦僕の家に置いてある。栗山さんは今日は五限にゼミがあるそうで、僕の家に寄れるのは夜の七時くらいだそうだ。
「あ、だからって私の服の匂い嗅いだりしないでね?」
「しません」
駅へと向かう道、隣をぴょんぴょんと機嫌よさそうに歩く栗山さんはサラッととんでもないことを言う。
……まあ漫画とかなら嗅いでしかるべきなんでしょうがここは現実、やったらアウト、オーケー? 僕。
というか、昨日の深夜に訪れたときより荷物が軽くなっているように見えるのは気のせいだろうか。この先輩、服置いていいですよって言ったら調子乗ってそれ以外も置いたんでないだろうな……?
徒歩十分の道のりはあっという間に終わり、京王八王子駅に到着。エスカレーターをどんどん降りていき、改札も抜けホーム階に。止まっている各駅停車に乗り込み、すみっこの座席を並んで確保した。
……いや、しかしこんなに密着すると隣からなんかいい香りが……。
まさか栗山さん、自分のシャンプーとかまで持ってきた? 僕の家の、こんなにいい香りするとは思えない……いや、でもなんか女性が使うと同じシャンプーでも全然違うってよく漫画や本で見るし(二次元脳)。
くっそ……なんで僕はこの悪魔相手にドキドキしないといけないんだ、夜といい今といい。不本意だ。
「ん? どうかした?」
ニコっじゃない。笑顔を向けるな、友好のサインで栗山さんを見ていたわけじゃないんだから。ああ、しかし顔は整っているから余計悔しい。
「……なんでもないです」
やがて電車のドアがしまり、ゆっくりと京王線は東へと動き出した。まだ電車の混雑はそれほどひどくない。各駅停車だし。
一度乗り換えを挟んでついたキャンパス。時刻は八時五十五分。
「……それじゃあ、僕はもう教室行くんで。一応僕は二限までなので、それ以降なら家いるんで。……必ず持って帰って下さいよ?」
これから授業に行く3号館の入り口前、僕は栗山さんにそう念を押し、教室へと歩き出した。
「わかってるって、授業終わったら行くから―」
……栗山さんの特徴というか、調子が緩いからなんか信じていいのかわからなくなるんだよな……。
ご丁寧に「バイバイ」と手まで振っている先輩を背に、僕は暖房効いた中へと足を踏み入れた。
語学の授業のため、一限は五十人も入ればいっぱいになる小教室だ。すでにこの時間だと教室後ろはほぼ埋まりきっている。適当に真ん中あたりで空いている座席を確保し、同じ教室にいるであろうある人物を探した。
……古瀬さんにお願いされたことも進めないとだし、今日あたり島松に聞いてみるか。この時間の先生、いつも来るの遅いし。
すると、目的の人物は僕と同じ真ん中の列、廊下側に座っていた。
「おはよ、島松、今日のところの予習終わってる?」
僕はそう言いつつ、スマホをいじっていた島松に話しかける。
「お、おはよ、上川。ああ、終わってるけど、あれか? 見せてくれってか?」
「違う違う。僕を
星置とは、この間一緒に学食を食べていた男子。あのリア充に対する恨みでご飯が食べられそうな。あの雰囲気通り、あまり勉強も熱心ではない。
「いやあ、そろそろクリスマスだからさあ。島松はどんな二十四日をお過ごしになられるのかなあと思って」
古瀬さんのことは伏せたまま、なんとか情報を引き出そうとしてみる。
「いやあ、俺もこのままだとクリぼっちだよ。どうせ一人寂しくクリスマスケーキとフライドチキンを食べて……ああ、あと甥っ子のサンタさんにもならないといけないから兄貴の家行かないといけないんだよなあ……」
「へえ、島松の兄さんってもう子供いるんだ」
「ああ。今年で五歳になった。この時期は可愛いぜ、ほんと。汚れた心が洗われる……」
「じゃあ、女子とデートする予定はない、と」
「まあな。大学生ってもうちょいなんかあるもんだと思っていたけど、そんなにイベントってないもんだなー」
よしよし。まず前提として島松がクリスマスにこれといった予定がないことは掴んだ。
「じゃあ、逆にどんなクリスマス過ごしたい? 女子と」
そして、僕は次の質問へと移った。
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