第9話 一限ボーダー、しかしそれを守れるのは二年生くらいまでと相場が決まっている。(偏見と経験)

 なんとか眠りについたのはそれから何時間が経ったころだろう。

 朝、僕は窓の外から聞こえる鳥のさえずりで目を覚ました。スマホで今の時間を確認すると、朝の七時。そろそろ支度をしないと一限が怪しくなる。一限のボーダー時刻は八時二十五分の各駅停車。それに乗れないと九時の始業には間に合わない。

「んんー」

 ベッドの上で思い切り伸びをして、現実を思い出す。そうだ、昨日僕はこの先輩を家に泊めたんだった。当の先輩はまだ気持ちよさそうにスヤスヤとお眠りになられている。

「幸せそうな寝顔なことで……」

 小さく呟き、なるべく音を立てずに洗面所へと向かう。顔を洗って、意識を完全に醒ましてから朝ご飯の支度をする。昨日の夜、思い切り手抜きをしたから今日の朝はまともなものを作ろう。多少は。いつもはパン一枚とかふざけたものしか食べていないけど。

 台所に移動し、冷蔵庫から卵とハムを取り出す。ちょうどいい塩梅になったころに、フライパンに油をひいてそこにハムと卵を落とし火にかける。五分もしないうちにハムエッグが完成する。クオリティなんて求めないでください。一人暮らしの男子大学生の自炊に質を求めたら生き残れるのは一割もいないと思う。

 それなりにいい香りを携えて、鼻歌を歌いつつ僕はトースターに食パンを放り込む。フライパンにかけている火を止めて、僕はふと部屋で眠っている栗山さんの様子を窺う。

 ……時間割知らないからあれだけど、きっと午前のうちには出かけるよな……。

 栗山さんの分も作るか……。

 それほど時間も取らないし、パンは後でもどうにかなるし、八時になったら問答無用で叩き起こすし。

 チンとトースターから気分の良い音が響いたのをきっかけに、僕はもう一度冷蔵庫のドアを開けた。


「……あれ……もう起きてるの……? かみかわくん……」

 寝起き第一声を上げる栗山さん、おいおいおい、パジャマまで持ってきているとか、もう本当に狙っていたなこの先輩。

「おはようございます、パジャマでのおやすみいかがでしたでしょうか」

 半ばキレ気味に挨拶してみる。しかし栗山さんは動じることなく、

「いやあ……いつも上川くんが過ごしている部屋で一夜を明かすことができて幸せでした……えへへ……」

 頬を指でこすりつつ気の抜けた調子でそう言う。駄目だこの人反省していない。

「……次はないですからね」

「えー? またまたーそう言ってえ。きっと次に来て終電ないって言ったら泊めてくれるんでしょ?」

「そのときはタクシー代出します。っていうか手切れ金です」

「つ、冷たいよーそんなことしたら、毎日上川くんの『お友達』のタイトル、読み上げに来ちゃうからねっ」

 その「お友達」って言い方やめて欲しいなあ……なんで把握しているんだこの人。……あ、コンビニバイトでか。きっとそれだ。確かに何冊かRかかった本をあそこのコンビニで受け取った。

 ……うん、もうあそこでそういう本買うのはやめよう……。弱みが増えるだけ。

「それで……栗山さんは今日は何限からなんですか?」

「わたしは、二限からだよ?」

「一回家帰ります?」

「ううん。直接行くよ、色々持ってきたし、ここで支度させてもらうねっ」

 ……栗山さんが女性じゃなかったらまじでキレていたかもしてない。

「……いや、もう、なんでもいいです、はい。僕は八時十分に家を出るのでそれまでに支度を済ませてください……着替えるときは言って下さい、外に出ているので」

「別に気遣わなくていいのに」

「僕が気にするんですっ」

 ……すぐそばに起きている男がいるというのに、どうしてこの人は平然と(勿論ドアを挟むけど)着替えることを想定できるのか。

「いやだなあ……私だって誰にでもこんなこと言わないよ」

「僕にも言って欲しくなかったですけどね」

 なんかテンプレの台詞が聞こえてきそうだったからあらかじめ封じておいた。

「あ、あと……脱いだ服……とか、なんだけど、一旦上川くんの家に置かせてもらっていい?」

「なぜそれを聞くんですか?」

 いいって言うわけないでしょうが。服とかの「とか」って、つまりはそういうものですよねええ想像つきましたよ朝から考えたくなかったけど。

「……上川くんって、そういう性癖持ってたりするの? 脱いだ……もの、を持ち歩かせて興奮するような」

「断じてありません、……ああ、もうわかりました、わかりましたから、今日は置いて行っていいです。でも、必ず今日中には回収して行ってくださいよ」

 ……マジで色々問題になるから。ああ、僕、どんどん栗山さんに懐柔されていくよ……。

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