第8話 安心してください。この時間に更新がかかるってことはつまりはそういうことです。
今、ドアの向こうでなんて言った? 「と―めーて?」って、泊めてってことか?
一気に顔が青ざめ、僕は無視を決め込もうとするけど。
……無視したら無視したで結局なあ、本のタイトル大声で言われてアウトなんだよなあ。
仕方なく僕は玄関に向かいドアを開ける。
「こんな時間になんですか……」
「あっ、今日は素直に開けてくれたね。いやぁ、バイトしてたら終電がなくなっちゃってさあ。えへへっ」
絶対確信犯だこの人。家どこにあるか知らないけど絶対確信犯だ。
「……駄目です、って言ったらどうするんですか?」
「えー? そうだなー。とりあえず、この間言えなかった上川くんの『お友達』のタイトル読み上げてから、上川くんの家のドアの前で夜を明かすのかなあ」
「わかりました今日は泊めるので中に入って下さい」
そんな朝、家を出たら僕の部屋の前に女性が座っていますとか事案だから、タイトル読み上げられるよりなんなら危ないから。
「わーい、ありがとう上川くん」
……まさか出会って二回目で家に泊めることになるとは……。というか、これ綾にバレたら面倒なことになりそうだな……。
栗山さんを部屋に通し、僕は自室の押し入れにしまってある来客用の布団を引っ張り出す。机を隅に押し寄せてベッドの横になんとか布団を敷く。
「一応聞いておきます、ベッドと布団、どっちがいいですか」
「うーんと、別にどっちでもいいよー」
「じゃあ僕がベッド使うので」
「なら私もベッドだねー」
「なんでそうなるんですか」
秒でツッコミを入れる。……素で言っているように見えるから性質が悪いんだよな……。
「とりあえず別の布団で寝ましょうね。僕の方に入って来たら今後一切泊めないので」
「……はあい。あ、ならなら、上川くんが私の方に入ってきてもいいんだよ?」
「絶対にしませんので安心してください」
栗山さんと喋ると本当に疲れる。ツッコミの量が増えるからかなあ。
「……で、なんで終電なくなる時間まであそこでバイトしていたんですか?」
「そしたら上川くんが泊めてくれるかなあって思って」
確信犯だったよ。本当に。てへぺろみたいな顔をするな顔を。
「……八王子近辺に友達の家とかないんですか?」
「みんな都心だからねー」
「ちなみに栗山さんの家はどちらなんです?」
「
万事休す。もう今日は泊める以外の選択肢がない。
……なんで横浜市に住んでいるのに八王子でバイトしているんだこの人は。もうなんでもいいけどさ。もう。
「……僕はもう寝るんで、お風呂入るなりシャワー浴びるなり好きにしてください。歯ブラシとタオルは洗面所にあるので」
諦めたほうが栗山さんと関わるときは楽なのでは、そう思えるくらいに僕はもう疲れていた。ベッドに潜り込んで毛布を頭から被る。実際、明日も一限から授業があるから夜更かしはできない。
「はあい」
「部屋の電気、豆球だけ残すんであれだったら全部消してください。じゃあ寝ます」
そして、僕は目もつぶってさっさとこの時間が流れていくように願った。けどしかしまあ。オタクが部屋に同年代の女の子を泊めるなんて経験はしたことがないわけでありまして。それがあの悪魔であろうとそれはそれで意識せざるを得ないもので。
閉じてしまった視界のせいで、耳に入る洗面所からの衣擦れの音が妙にはっきりと聞こえてきてしまう。
っていうか本当にお風呂入るつもりなのかよ……。どれだけ僕のこと信用しているんだ……?
少ししてから浴室でシャワーの音が響き始め、僕の不眠はますます深まるばかり。
寝ると言った手前寝てしまわないと、また栗山さんにいじられるだろうから寝ないわけにはいかない。
けど……。
栗山さんも女の人だから無理だよぉ……意識はしてしまうんだよぉ……。
と、とりあえず目だけはつぶっておいて、いつでも寝られるようにしておこう。あとは無心だ無心。
気づけば浴室から音は立たなくなり、再び肌と服が擦れる音が響いてくる。
「……むぅ……本当に寝ちゃってる……」
それからまたしばらくして、そんな声が聞こえてきた。いや、起きてますけどね。
「まあ……今日はこれくらいでいっか……まだ始まったばかりだし」
これくらいって何? 始まったばかりって……?
疑念はますます広がり、余計に眠れなくなったのは言うまでもなかった。
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