第2話 実際東京って怖いよね。何かと。色々。

「……どちら様、ですか?」

 宅配便のお兄さんが戻っていっても、半開きのドアの向こう側には謎の美少女が立っている。……だからさあ、昨日のイベントといい、これはラノベか漫画ですか?

 ぴょこぴょこと跳ねそうなツインテールを揺らし、ニコニコと目を細めてこちらを見つめる様はそれこそ二次元っぽい。っていうか二次元なのでは?

「あ、そうだよね、私が誰だかわからないもんね、えへへ」

 彼女は頬をぽりぽりと指でこすってこれまた音符が飛んでいそうな微笑みを浮かべる。

「えっと、ね。わたしは、栗山由芽くりやまゆめ。うんとね……善人くんの恋人になりに来たんだ」

 ……前略、実家のお母さん、お父さん。東京は怖いです。いきなり知らない女の人が恋人になりに来たってニコニコしながら僕の家の前に立っています。アニメが見られる独立局さえあれば僕はそれでよかったのに。うん実家も東京だけどね僕。

「ごめんなさいそういうの間に合ってるので」

 僕はとりあえず玄関のドアを閉める。そしてフィギュアの入ったアマゾソの箱を見つめながら、

「お前も口元緩めてないで何か言ってくれよ」

 と意味のない独り言を呟く。

「ああ、ドア閉めないでよ、善人くん」

 外からそんな声が聞こえてくるけどお構いなしだ。こういう人には関わらないほうがいい。いくら面倒見がいいとは言え、知らない人を家に上げるほど僕はお人好しではない。

 さ、フィギュアを開けて部屋に飾るか……。

「ドア開けてくれないと善人くんの直近のおかずにしたエッチな漫画のタイトル大きな声で読み上げちゃうよ? えーっと、スカートの中の──」

「ちょっと待ったぁぁぁ」

 僕は飛び跳ねるようにして玄関に向かい、ドアを開ける。

 ……危ない危ない。お隣さんとはちょくちょく朝同じタイミングで家を出たりするから気まずくなりたくないんだよ。

 ……前略、実家のお母さん、お父さん。東京は怖いです。いきなり知らない女の人が恋人になりに来たってニコニコしながら僕の家の前に立っています。閉め出したら僕のプライベートな部分まで暴露して来ようとしてきます。何なんですかこの人は。

「あ、こんばんは、上川善人くん」

「……どうもこんばんは、栗山由芽さん」

「私の名前覚えてくれていたんだね、えへへ、嬉しいなっ」

 そりゃあ直前に聞きましたからね。

 満面の笑みを浮かべるも、ついさっきまでこの人は僕の夜のお供のタイトルを読み上げようとしていた人だ(しかも遮ったところまで正解だった)。警戒は解けるはずもない。

「……とりあえず、中入れるんで、変なこと外で叫ばないでくださいね」

「わーい。ありがとう善人くん」

 しかし、僕の快適なアパート暮らしを守るためには、ここでニコニコした悪魔に秘密を暴露されるわけにはいかない。仕方ないので僕は彼女を部屋に上げることにした。

「……とりあえず、どうぞ」

「わぁ、意外と綺麗だねー部屋」

 ……サラッと失礼なこと言われた気がするけどまあいいや。今は我慢。とにかく穏便にことを済ませてこの危ない女の人を家から出さないと。

「……まあ、買うものが限定的なので」

「それじゃあ、失礼しまーす」

 そう言って、彼女はベッドの側面に背中を合わせるような位置に座り込んだ。

「座布団とかそういうの無いんで、底冷えすると思いますけどカーペット一枚で勘弁してください」

「ううん、全然大丈夫―」

 僕は台所にある電気ケトルに水を入れて、コンセントに繋ぐ。適当にコップを用意して、

「飲み物、緑茶と紅茶どっちにしますか? それくらいしかありませんけど」

「じゃあ、紅茶がいいかなー、ありがとうねー」

 ……あれ? なんで僕この人をもてなしているんだ? ……まあいいか。

 数分して湧き上がったお湯をティーパックを掛けたコップに注ぎ、部屋に持っていく。

「こんなのしかありませんが、どうぞ」

「わざわざありがとねー、温かいの、嬉しいなあ」

 ふー、ふー、と口をすぼめながら淹れたばかりの紅茶を冷ましから口に含む。

「……それで、あなたは一体何なんですか?」

 温かい紅茶を飲んでほわほわしている彼女に、僕は尋ねる。まあ、外寒かったからね。わかりますが。

「だーかーら。善人くんの恋人になりに来たんだよー」

「……マジで言っているんですか?」

 美人局とかじゃ、ないよね……? なんか急に不安になってきた。いや、もともとだけど。もっとね。

「それに、昨日片想いしている女の子に恋愛相談されて、落ち込んでるかなーって思って」

 いやいやいやいや。待て待て待て待て。何故それを知っている。

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