蝿
男の家の正面にまわった私は、ペットボトルに水をもらってくればよかったという後悔と、自分が通って出てきた
背後にある玄関の戸をノックして男を呼べば済む話だが、先ほどの様子からすると素直に教えてくれるかどうか
振り返って玄関の前まで行き、引き戸をノックしようとして柱に掛かっている表札に気がついた。ずいぶんと年季が入っており、色がくすんで文字も
「すいませーん」
続けて「ごめんくださーい」と引き戸をノックした私は、男に聞こえるようにわざとガシャガシャと派手な音を立ててみた。しばらく待っても応答もなければ
頭上から降り注ぐ
たしか、男と家に来たとき、玄関の戸に鍵は掛かっていなかった。昼間に
短絡的かもしれないが、これまでに遭遇した地元民の態度とあわせて
私は念のため裏庭の方にもまわってみたが、いつの間にやったのか、こちらは雨戸まで引かれて厳重に戸締りがされてしまっていた。
まだ夕方にすらなっていないのに雨戸は少しやりすぎではないだろうか。私に会いたくないのならサッシ窓を閉じてカーテンを引けば充分である。バスの連中とは違って「一二三」氏が親切だっただけに、何だか裏切られたようで悲しくなってきた。
再び正面へ向かいながら、そういえば家のもう一方の側面をまだ見ていないと気づき、もしかしたら山道へ抜ける道があるかもしれないと玄関を通りすぎる。しかし、私の思惑に反してそこにあったのは他と同じような藪だった。つまり、この家は外周をぐるりと藪に囲まれた孤立した場所に建っているらしい。
ひとつ深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。あいかわらず顔色はおかしいままなのだろうが、幸いにも体調はまだ何ともない。変調をきたす前に宿に着いて事情を説明すればきっと大丈夫。薬だってあるに違いない。
スマホを用意してライトを点けた私は、自分が通ってきたのではないと思われる藪の辺りに見当をつけ、足元を照らしながら井戸に注意して第一歩を踏み入れた。
いくら枝葉が繁っているからとはいえ、こんな
行く手に立ち
せめてタマコが道案内でもしてくれたらな、などと考えていると、ブンブンという不愉快な羽音を立てて蝿だか何だかの小虫が
スマホを構えていない方の左手で羽虫を払いながら先へ進むと、近くに活発な蜂の巣でもあるかのようにブンブンという音が次第に大きくなってきた。
スズメバチの巣なんぞにぶち当たってしまっては
顔の周りを飛びまわる羽虫が増えてその多さに苛立ってきたころ、より激しく
いよいよ巨大な蜂の巣と対面かと思っていた私は、掻き分けた植物のあいだから大量の羽虫が
どうにか踏ん張って転倒を避け、羽虫の発生源はどこかと上下左右にライトの光を振りまわしてみると、一部だけ誰かに踏みならされたように雑草が倒れている箇所があり、そこに巨峰よりもひとまわり大きいサイズの黒いボールがいくつも落ちているのを見つけた。
腐って落ちた果実だろうかと思い、スマホで照らしてよく見てみると何やら表面がうじゃうじゃと
おそるおそる顔を近づけてみてその全部が
それでも怖いもの見たさからか気持ち悪さより好奇心が勝り、蝿たちの興味を一手に引きつける物体が何なのか、私はその正体を
棒状のものが落ちていないか藪を踏み分けて周囲の地面を照らすと、簡単に折れてしまいそうな細い小枝を雑草のあいだに見つけた。
枝を拾い上げて蝿でコーティングされたボールのひとつをそっと
それは皮を
やはり果実かと枝で突き転がしていた私は、一ヶ所から血に
私はそんなものがいくつも落ちていることに
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