おさないさん
質問の意図がわからない。いくら田舎の人間であろうと、駅で会った老婆ならまだしも、こさか氏あたりの年代がインターネットを知らないはずがない。
たとえ使える環境にないのだとしても、知っているならそれが情報を検索できるツールであることはわかるだろう。ならば、私が「インターネットで調べて」と答えるのを期待しての質問ではないということか。
「ええと、車掌さんから聞いたんです。
彼の怒りを買わないよう慎重に言葉を選んだせいで歯切れが悪くなってしまった。それにしても、情報の
「はい、この先もっと揺れます。危ねぇがらシートに」
「いま話しでっがら、ちょっど黙っでろ!」
マイクを使って車内アナウンスを始めた運転手にこさか氏が怒鳴った。
「そいづが行げっつっだのが。あぁ?」
こさか氏の口調はまるで罪人を
「いえ、行けというか、あれ、どうだったかな?」
たしか、車掌は行き方を教えてくれはしたが、水上へ行くのをやめて電車を乗り換え、ここを目指して行動を起こしたのは結局のところ自分の意思だ。
「なんだがはっぎりしねぇな」
「あの、行くと決めたのは僕自身です。ですから、あの車掌さんは行き方を教えてくれただけで」
こさか氏は再び浅黒い顔をぐんと私に近づけると、言葉の
「おめぇ、おさないさんかぁ」
私は唐突に名前を訊ねられ、「え? 違いますよ」と否定だけして名乗らないでおくことにした。こさか氏は身を引いて
「みそいで来だが?」
「急いでですか? 急いでというよりは慌てて予定を変更したと言いますか」
こさか氏が「そうじゃねぇ」と言うとバスがひときわ大きく揺れ、「せぎつげっつーの!」と運転手が声を張り上げた。いつの間にかバスは緩やかな
連れの二人に「こうちゃん、はやく戻ってこお」と声を掛けられると、こさか氏はなおも何かを言いたげな様子であったが、私に視線を残したままゆっくりと席へ戻っていった。
私も負けじと視線を外さずに見返していると、席に着くなりこさか氏は二人の連れから何やら
自分では気づかずとも己の言動が相手を傷つけてしまっていることは
今動いて席を離れては今度は運転手の怒りを買ってしまうと思った私は、次の停留所で停車したときにこさか氏へ
雑木林が途切れて日光が窓から差し込み、バスが右へ大きくカーブを切る動きに合わせ、車内に伸びている影が形を変えながらぐるりと回転する。見当をつけて景色が見渡せる側の席を選んだつもりだったのだが、私の勘はまるで外れてしまったようだ。
反対側だったかとパノラマを期待して首を右へ振ると、並んだ大きな樹木の幹と伸び放題に生い繁った雑草が、私が座るこちら側の窓外の景色と同じように流れているだけだった。どうやら途切れたのは道路上空を覆っていた枝葉だけらしい。
しばらく走ると車内に暗さが戻り、今度は勾配を下って左へカーブを描いたかと思うと、次いで車体を左に傾けて右へと急なカーブを曲がった。バスは蛇行しながら何度も細かいアップダウンを繰り返して山道を進んでいった。
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