こさか氏
「おれはそうは思わねぇな」
心を見透かされたのかと私は内心どきりとしたが、こさか氏は身体を起こして「あんたの田舎はどこだっでぎいでんだよ」と続けた。
「あぁ、生まれは茨城です。すいません、別な意味だと思ってしまったもので」
「あっ? 何ごぢゃごぢゃ言っでんだ、おめぇ。ばがにしでんのが?」
急に喧嘩腰となったこさか氏に肝を潰し、果たして自分に失言があっただろうかと考えてみたが、これといって失礼な言動は思い当たらなかった。
「んで、何しに来だんだ。あっ?」
挑発しているのではなく、おそらくこさか氏は普段からこういう話し方なのだろう。混乱気味だった私はトレッキングと言いかけて「山登りに来ました」と慌てて訂正した。馬鹿にしているわけではないが、わかりやすい表現を使ったほうが誤解を招かないはずだ。
「あん? とれ山登りってなぁ、何だよ。ここらにゃ『とれ』なんつー山ぁねぇぞ」
「いえ、ただの山登りです。ちょっと言い間違えたというか」
言い直すべきではなかったかと思ったがもう遅い。こさか氏は「おめぇよぉ」と今度は腰を引いて頭の位置を下げると、チンピラがやるように顔を斜めに傾けて私の目を覗き込んできた。もしかしたらこういう話し方ではなく、本当に苛立っているのかもしれない。
「ほんどうは何しに来だ。あぁよ?」
「本当に山登り──」
こさか氏は「おい!」と声を
「なぁに笑っでんだ、おめぇ。あぁ?」
「だって、どういうことですか。嘘って」
「そうだっぺよ。そんな格好で山登りするやづぁいねぇ」
そう言ってこさか氏は顎を上下に動かし、値踏みするような目つきで私をジロリと見て身体を起こした。私の言った「山登り」の意味を「本格的な登山」と解釈したのかもしれない。
もしそうだとしたら、小さなデイパックをひとつ持っただけの男の「山登りをしに来た」という言葉に説得力がないのもうなずける。しかし、ただでさえおまえ呼ばわりされているのに、その上に嘘つきとはあんまりではないか。
「あのですね、そういった本格的な山登りではなく、誰でも楽しめるような気楽な山登りをしに来たんです」
「おめぇ、山ぁなめんじゃあねぇぞ」
「もちろん、十二分に気をつけるつもりです。でも、僕が行くのは険しい山ではないですし、宿がある中腹ぐらいまでしか登らないつもりなので」
また何か気に障ったのか、こさか氏は眉間に皺を寄せて
「おめぇ、かむらた山さ行ぐんじゃねぇよなぁ?」
また何かをなじられるのかと身構えたが違った。
「そうです、かむらた山に行くつもりです。そこの宿に温泉もあると聞いたので一泊しようかと」
「いっばぐぅ? かむらたにいっばぐすんのが?」
こさか氏の言い方は
「ええ、予定は違ったんですけど。
まさか、あの車掌の情報が古くて、そんな宿はもう営業していないというオチではないだろうな。充分にあり得る話だ。夏のシーズン真っただ中だというのに、バスに乗っている旅行者は私ひとりで、地元民と思われる三人の乗客たちの態度も余所者を見慣れている感じではない。
「まさか、もう宿は潰れてなくなっている、とか言いませんよね」
私は思わず不安をそのまま口に出していた。
「おい、おめぇ。誰がら聞いだ、あっ?」
「はい? え、本当に潰れちゃってるんですか?」
車掌の話を聞いただけで安心し、電波が入るうちにネットで確認しておかなかった自分が悔やまれる。こんなことならば
「んなこだぁ聞いでねぇよ。おめぇ、どうやっでかむらたぁ知っだ」
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