第2話

「真、何してるの」

 三月の卒業式、私は屋上にいた。先輩たちの式が終わって、教室に集まったクラスメイトの中に真だけがいなかったため、私が探してこいと担任に命令されたからだ。

 私は教室を追い出された後真が行きそうな場所を手当たり次第探して回った。屋上は一番最後に思いついた場所だった。元々生徒は立ち入り禁止になっていて、鍵も勿論かかっているため、まず入ることができると思っていなかった。

 声をかけられた本人はというと、鉄製の手すりにもたれかかりながら下で騒ぐ卒業生を眺めていた。

「式の後いなかったから驚いたよ。ほら、教室に戻ろう。先生が呼んでるよ」

「・・・」

 私の言葉に真は何も言わない。ただじっと表情をころころ変える卒業生を見ているだけだ。

「ねえ、真ってば」

 少しだけ声を大きくしてもう一度彼の名前を呼ぶ。すると今度はゆっくりとだけれどこちらに顔を向けた。

「なあ、深晴」

 薄くピンクが差した唇が私の名前を紡ぐ。ハイライトのない黒い瞳が私を捉える。

「ここから飛び降りたら死ねるかな」

 生温かい風が私たちの間を吹いていく。悲しそうに笑う彼に一つ、軽くため息をつく。

「お世話になった先輩たちの卒業式だよ?最悪な思い出にしないであげて」

 真の隣へ行き、私も下を覗く。たくさんの卒業生が写真を撮って、泣いて、笑ってを繰り返していた。私たちも来年はそうやって卒業式を迎えるのかとぼんやり思いながら見ていたら、真の先輩である北里先輩の姿を見つけた。卒業する前と変わらず、あの人の周りにはたくさんの人がいた。そのほとんどの人が、笑っている。

「・・・そうだな。先輩にはたくさん迷惑もかけたし、今日ぐらい、迷惑かけないほうがいいよな」

 懐かしそうに真は目を細めながら先輩を眺めた。私はそんな彼に複雑な気持ちを抱きながらも、私も同じように先輩たちを見つめた。

「・・・戻るか」

 ボソリと零して真は先輩たちに背を向けた。その背中を私は追いかける。

「あ、そういえば」

 ドアノブを掴んだ瞬間、真は何かを思い出したようで、私の方に振り向いた。

「深晴、今日そっちで飯食べていい?兄ちゃんが帰って来んの」

「そう言うのは早めに言ってほしかったんだけど・・・。いいよ。母さんは帰ってこないだろうし」

 ドアから出て階段を下りながら今日の晩の話をする。話をする傍らで、真が来るなら食材を買い足しにいかないとなぁとぼんやり考えた。

 真のお兄さん―瑛斗さんは普段は東京に住んでいるが、定期的にこっちに帰って来る。そのたび真の両親は瑛斗さんばかり構って真を少し邪魔者にするらしく、いつしか瑛斗さんが帰って来るときはうちに来るようになった。

「瑛斗さんと会わなくていいの?」

 ずいぶん昔、そんな質問をした。真は「別に家で会う必要もないだろ」と答えた。真曰く、瑛斗さんは自分が帰って来ることで家での真の居場所を無くしていると思っているらしく、家ではなく、チェーンのカフェや本屋などに一緒に出掛けて話をしているらしい。だから家で話ができなくてもいいらしい。

「私も瑛斗さんに久しぶりに会いに行こうかな」

「いいんじゃないか?父さんも母さんも、それこそ兄さんだって深晴なら大歓迎だろ」

 その言葉に少しだけ棘を感じながらも、会いに行こうと考える。

「あ、飯にピーマンは入れないでくれよ」

「入れてあげようか。いい加減克服しなさいよ。小学生でも食べられるわよ?」

「そんなこと関係ないね。絶対入れるなよ」

 顔を思いっきり顰めて私に念を押した。私がフフっと笑って見せると、真の顔がさらに歪んだ。ピーマン嫌いは相変わらず健在なようだ。

―こんな、みんなが思っているほど完璧でもいい人間ではないけれど、私は小さい時から此奴のことが大好きだ―。

 屋上の錆びついたドアが、ゆっくりと軋みながら閉じていく音が聞こえた。

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春の葬列 桔梗晴都 @sasakuri

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