05 「首だけで宙に浮くなぁぁぁ!!!!」

「……マ、アル……アルマ」



私を呼ぶ声が聞こえ、閉じていた目を薄らと開く。



「アルマ、気分はどう」



ベッドサイドから少女が語りかけてくる。

白衣に眼鏡。少し茶色みがかった黒髪のボブヘアーはボサついている。


周囲の状況をセンサーで確認する。いつもの研究室ラボの一室で、白い部屋に白いベッド。

ベッドのリクライニングで上半身は起こされ、銀髪が流れる頭には複数のケーブルが接続されモニタリングされている。



「問題ないです。ティア。すこぶる良好です」


「そう、良かった。モニタリング結果も問題ないね。擬似魂魄反応動力炉コンパク・リアクターも安定してる。ただ情動回路の活動が思ったより伸びてないのよね……なんでかな」



ティアの独り言に答えることもないため、無言でじっと彼女を見つめる。

胸の内に、不思議な重みを感じた。



「あ、ごめんね。心配した?」


「心配?」


「そう、人間で言うと脳の神経伝達物質、特にセロトニンの分泌不足による情動反応。不確定な未来に対する防御反応みたいなものよ」


記録領域ライブラリで確認出来ました」


「結構結構」



ティアが大仰しく頷く。



「でも不思議よね」


「何が不思議なのでしょうか?」


「あなたの人格は私の人格をコピーして作ったんだけど、蓋を開ければ全然別人なんだよね」


「……それは良くないことでしょうか?」


「いえ、何も問題ないわ。むしろこれって凄いことかもしれないね。あ、論文のネタにならないかな?」



ノート型端末で文書フォーマットを開き、何行かメモ程度に文字を打ち込み、すぐにアプリケーションを閉じる。



「ティアはいつも元気ですね」


「うん? あ、ありがと。でもさ、みんなには落ち着きがないってよく言われるんだよね。注意力散漫だとか、細やかさが足りないとか、地に足がついてないとかさ。特に親父! いつも細々ガミガミ煩いし、神経質だし。あの根暗メガネ!」


「ティアも眼鏡です」


「そうだった! あーもー、やだ!!」



ティアのドタバタとした様子を見ていると不思議と気持ちが高揚してきて、つい手を口元にあてフフっと息をもらしてしまう。



「ん、あれ……アルマ、今笑った?」


「え? 分かりません……私、笑ったのでしょうか?」


「うん、笑った! 絶対笑った!! うぉぉぉ、情動回路のモニタリングは……これじゃなくて、これでもなくて」



ティアが嬉しそうに慌てふためいている。

私はそれが面白くて、再びフフっと笑っていた。




…………


……




ガーネットの瞳が、薄らと開かれる。

突如訪れた目覚め。微睡みつつも辺りに視線を這わす。


薄暗い室内。身体の下にはやや硬いマットレス。



「ティア、目覚めたか。良かった、心配したぞ」


「心配? 心配……あれ、私、ここは?」


「倒れてからおよそ3時間。ここは昨晩休んだ部屋だ。異常は無いか?」


「うん、大丈夫。ボーンズは……」



月明かりの舞い込んだ室内。声の元を探るとボーンズの赤い瞳が、蝋燭の火のように浮かんでいる。


それも、デスクの上、首だけで。



「ぎゃぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!」


「どうしたティア、何かあったか!」


「首、首だけ! 生首! ボーンズの生首!」


「ティア、落ち着け! 我は大丈夫だ」


「これが落ち着いていられる訳ないでしょ!だいたい生首で大丈夫とか説得力皆無だから! 完全ホラーだっての!」


「心配ない。ちゃんと動ける。ほら、宙にも浮けるぞ」


「首だけで宙に浮くなぁぁぁ!!!!」



ティアが片手でデスクを持ち上げ、ボーンズの首を屋外に打ち飛ばした。

コォンといい音をたて、銀光を反射させ煌めきつつ、不気味な生首は闇に消えた。



…………


……



── コンコン


ドアがノックされる音。



「はい、どうぞ」


「ティア、酷いではないか。随分遠くまで飛んでいたぞ。どうした、その警戒ぶりは」



空っぽの家具を積み、簡単なバリケードを作り隙間から顔を覗かせるティア。



「……胴体はあるようね。あなた、自分がボーンズだと証明できる?」


「これはまた難儀な質問だ。かの哲学者の言葉を借りるとすれば、Je pense, donc je suis……我思う、故に我ありだな」


「こちらの質問の意図とズレた返答……どうやらボーンズのようね」


「む……解せぬ」



警戒を解いたティアが顔を出す。



「なんで首だけだったの。というか、ディザスターに首とか腕とか切られてたよね。なんで大丈夫なの?」


「うむ。我のボディの作りとして、体の各パーツは超電磁マグネトラによって接続されている。つまりそもそも首も腕も個別のパーツになっていて、任意で接続解除パージできる」



そう言うとボーンズが首を外し、テーブルに置いてみせた。

ティアがそれを見て、顔を引きつらせ嫌そうにする。



「キモ……で、さっきはなんで頭だけだったの?」


「少し探し物をしようと思ってな、しかしティアの様子も心配だったので、首は置いて胴体だけで探索に向かっていた。サブのセンサー類はボディにもある。通常の探索行為であれば問題なく行える」


「ふーん。というか早くその首戻してよ。不気味だから。悪い夢見そう」



うむと答えると、ボーンズは頭を胴体にセットする。



「夢といえば、さっき寝ていたティアは、どこか楽しそうに微笑んでいたぞ。良い夢でも見ていたのか?」


「良い夢……そうだね。そうとも言えるし、そうでないとも言えるかな。というか君、乙女の寝顔覗いてたわけ!? やめてよね! このデリカシー皆無のポンコツ! 朴念仁!」


「またも解せぬ……」



黙り込むボーンズ。吠えるティア。

しかしすぐにティアがふぅと息を吐き、表情を落とす。



「私さ……ティアじゃなかった。というか、人間じゃないみたい」


「うむ……」


「多分、私の名前はアルマ。ティアという科学者に作られた機械人形。擬似魂魄反応動力炉コンパク・リアクターで動く、人を模した人形……笑えるでしょ。君を散々ポンコツ扱いして、実際のところ私は自分のことすら分からないポンコツだったの」


「……我はティアをポンコツなどと思ってはいない」


「違う」



少女が表情を暗くする。



「何がだ」


「私の名はアルマ! ティアは私の名前じゃないっ!」



ティアが声を荒らげ、涙を流し取り乱す。



「目覚めてからずっと不安だった。人間のいない世界で、水も食料も乏しくて、医者だっていない。知ってる? 人間ってちょっとした怪我や病気ですぐ死んじゃうんだよ? しかも私には記憶も無ければ生きる目的も無い。塔を目指すのだって、他に何も無いから。空っぽなの、私は」



ボーンズは、ティアの独白をじっと静かに聞いている。



「それなのに、一つだけ覚えていた名前は私の物じゃないし、そもそも人間ですら無かったとか。私、ずっと自分を人間だと思ってた。なのに違ってたなんて……空っぽどころじゃ無いじゃない。滑稽もいいとこ。哀れな勘違い機械人形よ」


「ティア……」


「ねぇ、私って何なの? 何のために生きてるの?」


「……」


「ねぇ……教えてよ、いつもみたいに記録領域ライブラリから情報引き出してさぁ」


「……ティア」


「違う、アルマよ」



塞ぎ込むティアに対し、ボーンズが膝をついて視線を合わせ、話し始める。



「いや、君はティアだ。私を目覚めさせた時、君は自分をティアだと名乗った。だから私は君をティアだと定義付けし、ティアと識別している。君が人間であろうと無かろうと、我にとって君の認識は変わらない」


「融通利かないね」


「そうだな。我もまた所詮は機械人形だ。もしかすると我の複製体がいるやもしれぬ。しかし、どんなに同じ作りでも、違うことがある」


「……何」


「ここまで君と共に居たという経験だ。我ら元型アーキタイプやティア、それに類するモデルは量子頭脳クァンタム・ブレインを持つ。これは電子頭脳エレクトロン・ドライブとは違い人の脳を模して造られている上に、動作後の情報の上書きは不可能な構造をしている」


「私も?」


「そうだ。だから君の感情、喜びも悲しみも君にしか得られない貴重な物だ」



ボーンズの言葉に、ティアが涙で濡れた瞳を上げる。



「記憶の喪失があるようだが、それは何らかの原因で思い出せないだけで、消失した訳では無い」


「一時的に忘れただけ……」



ボーンズがそうだと頷く。



「なんで……」


「その答えは我も分からない。しかし、君は塔に向かおうと言った。君は特に理由もなく言ったかもしれないが、もしかすると喪失した記憶の指し示すしるべやもしれぬ」



ティアがハッとしたような表情を見せる。



「何かあるかもしれない。しかし何も無いかもしれない。その時は、またどこか気の向くまま向かえば良い」


「そっか……」



ティアが窓の外を見る。もう夜で何も見えないが、昼間であれば塔 ── バベルが、天を衝くその巨体を霞ませているはずだ。



「ティア……」


「なに?」



ティアが返事をするやいなや、ボーンズがティアの身に密着し、白銅の腕をそのか細い背に回した。



「なっ、ちょっ、なに! え、ええっ!」



戸惑い慌てふためくティアに、ボーンズが落ち着いた声色で答える。



記録領域ライブラリに、人はこうすると気持ちが落ち着くと記載されていた」


「だからって、もう……硬い」


「すまない」


「でも、温かいんだね。君ってさ」



ティアはそう言い、恐る恐るその金属の背に手を当てる。



「どうだ。落ち着くか?」


「うん。少しくすぐったいけど……なんだか落ち着く」


「我はその、何とも不思議な感じだ。満たされていると言うのだろうか」



しばし無言で抱き合う二人。

割れたガラスからは冷たい風が吹き込むが、その部屋は暖かい色で満ちていた。



「おかしいね。私人間じゃないのに」


「おかしくは無い。君は擬似魂魄反応動力炉コンパク・リアクターを持つ唯一の根源型アルケー・タイプだ。我らと同じ量子頭脳クァンタム・ブレインだが、オーダーメイドの特製で、限りなく人間に近い」


「うん。私、そっか……ティアが心を込めて作ったってことかな……」


「そうだな……」


「……」


「……」


「ねぇ」


「なんだ」


「君の口ぶりから気になったんだけど、私が人間じゃないって知ってたの?」


「ああ」


「それ、いつから?」


「最初からそう認識していた」


「ん……んんっ!?」


「ティアが我を起動した際、身体スキャンを行っている」


「はぁ? じゃー私が人間じゃないって、最初から分かっていたってこと!?」


「そう言っているのだが」



ティアが腕を解き、ボーンズの顔を見据える。



「じゃあ、私を守ってくれたのは?」


「ティアに命じられたというのもあるが、そもそも我に課せられた上位命令として、君を守ることになっている……」


「はぁ!? じゃあ命令で私を守っていたってこと?」


「うむ、きっかけとしてはそうだな……ただ」


「ただ、何」



ティアが据わった目をしている。答えを間違えれば地形ごと吹き飛ばされる、そんな目だ。


しかし、ティアのそんな様子にも気づく訳もなく、ボーンズは自分の胸に片腕を当てて、ただ優しい声色で答えた。



「不思議だ。命令である以上に、君を守りたいとの情動反応がある」


「……」


「君と共にいて、我の量子頭脳クァンタム・ブレインにも変化がもたらされているのかもしれない。我の心が、君と共に居たいと願っている」


「そう……ま、まぁ、その、今の答えで納得してあげる」


「ティア、我は……」



ボーンズは片膝をつき、胸に手を当てたまま真っ直ぐとティアを見つめ誓う。



「我はこの身が砕けようとも、君と共にいると誓おう」


「っ!」


「迷惑か?」



ティアがそっぽを向いて答える。



「まぁ、いいよ。せ、せいぜい励みなさいよ!」


「御意に」



ティアはそのニマニマした表情を隠したつもりだったが、それは正面にいるボーンズでも分かるほどだった。


そしてボーンズは、量子頭脳クァンタム・ブレインがもたらしたこれまでにない満足感に、胸を熱くするのだった。



その時2人は気づかなかったが、舞い降りた白い粉雪が、窓の外の濃紺を静かに彩っていた。

それは舞い上がっていた超硬化チタン錬金合金オリハルコンの破片か、それとも......




…………


……




「絶好の出立日和ね!」



早朝……は過ぎ日も高くなり始めた頃、ティアの元気な声が晴天に響いていた。


ティアはボーンズが沸かしたお湯で全身をさっぱりさせ、ボーンズが見つけてきたメイツを齧り、ボーンズが用意した白湯を啜り、そしてボーンズが見つけてきた新しい服を纏っていた。


クリスマスプレゼントだと言い恭しく渡されたその服は、夢で見た記憶の断片……その中で自分アルマが着ていた服だ。



今回辿り着いたこの研究施設は、恐らく彼女が産み出された場所だ。

昨日一日探索し、ティアはそれは間違いないと確信していた。しかし施設としてはもぬけの殻。


ボーンズの再三のスキャンにも引っかかるものが無く、早々に切り上げることにした。



唯一、地下室のような隠し部屋で見つけたのが携帯端末。マナ反応素子マナ・ジェネレーターで稼働するそれは辛うじてデータを残しており、そこには白衣を着た茶色みがかった黒髪の少女と、白いブラウスにスカート姿の銀髪の少女。そして二人を囲むように並んだ白衣を着た笑顔の大人たち。



ティアはその端末をまるで宝物のようにそっとコートの内ポケットに入れ、夜はそれを抱いて寝た。



「ボーンズ、準備はいい?」


「ああ、我はいつでも大丈夫だ」



ティアは名残惜しそうに振り向き、背後の建物を見る。

しかしすぐに向き直り、何かを振り払うかのように片腕を掲げた。


「よーし、塔に向けて出発!!」



ティアは羽織ったコートをはためかせ踏み出す。



白いブラウスが陽光を明るく反射し、スカートは揺れ、そして銀髪はそよ風になびいていた。



── To Be Continued Someday.


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