04 「なんか嫌なよか……んんっ!! きゃーーー!!!!」

「今はディザスターだ、兄弟アーキタイプ。トリックスター……いや、ボーンズだったな。久しぶりだな」



ディザスターと名乗る機械人形の言葉に、ティアがボーンズに振り返る。



「知り合い……なの?」


「ああ」



ボーンズが短く返事をする。



「ディザスター、お前は何故ここにいる。そして何故ティアに危害を加える」


「うむ。ティア……いや、アルマの異常に気づいているだろう。私はそれを補正しに来た」


「ちょっと待って、どういうこと? 異常? 補正? そもそもアルマって……」



ティアの疑問にディザスターが機械的だが落ち着いた声で答える。



量子頭脳クァンタム・ブレインにおける記憶領域の異常だ。ティアと名乗っているようだが、お前の本当の名は……」



その時、白銅色の金属の塊がディザスターに迫る。

ディザスターはそれを素早く光子刃フォトン・ブレードで切り払う。


パリパリと放電させつつ、重い金属音とともにその拳がボーンズの右腕に収まる。



「話はそこまでだ。ディザスター、今一度問う。お前は何故ここにいる。そして何故 “ティア” に危害を加えた」


「私とお前は、もはや同じ陣営ではない。よって答える理由は無い」


「であれば、お前の量子頭脳クァンタム・ブレインに直接問うだけだ」



ボーンズが拳に雷光を纏い、ディザスターもまた二振りの光子刃フォトン・ブレードを構える。



「ボーンズ、障害となるならお前を破壊せねばなるまい」


「ディザスター、ティアに危害を加えるならば、お前は我の敵だ」


「そうか。では仕方がない」



ディザスターのツインアイが薄暗いフロアでキラリと光る。

次の瞬間、どこからか高速の飛翔体が複数迫り、それらが目前で破裂しボーンズに覆いかぶさる。



「これは……電磁ネット、強化型か」


「あの程度の自動防衛兵器であれば、侵入操作ハックなど造作もない。お前とは相性が悪いだろう。完全捕縛は不可能だが、時間稼ぎにはなる」


「ぐっ……ティア、逃げろ!」



雷光を放つ白色の電磁ネットに捕えられたまま、ボーンズが叫びを上げる。しかしティアは尻もちをついたまま動かない。いや、動けないのだ。

先程の短距離転移で力を使い尽くし、立ち上がろうとするにも四肢に力が入らず、体を僅かに引きずるしか出来ない。


しかし、ディザスターは逃げられないティアではなく、ネットに絡まり伏せったボーンズに向け剣を構える。



「勘違いするな。アルマ……いや、ティア。お前の処置は後からでも可能だ。先に貴様だボーンズ、その量子頭脳を斬る」


「ティア、我に構うな。逃げろ! 」


「ボーンズ、でも、でも!」


「我の役目はティアを守ることだ。我の窮地で君を危険な目に合わせる訳にはいかない」


「ボーンズがいないんじゃ、私、どうすれば!」



ヴーンと独特な音を鳴らし、自動防衛兵器が暗闇からその白いラインの入った赤いボディを現す。その太い砲身は、現在ティアに向けられている。



「いいか、君はこの先も生きねばならない。それは君の役目であり運命さだめだ。君の存在がこの世界を変えるキーとなる。逃げろ、そして生きろ!」


「私は、そんな役目とか運命とか知らないっ!」


「ティア……君とのここまでの旅、楽しかったぞ。願わくば、最後までいたかったが」


「ボーンズ……」


「プレゼント、渡せなくてすまない」


「っ!!」



ティアが土に汚れた手で口を覆い、その両目は涙が浮かぶ。



「さて、話はそこまでだ。ボーンズ、長い付き合いだったな。さらばだ」


「ボーンズ!!」



ディザスターが光子刃フォトン・ブレードを振り上げ、ボーンズの頭蓋に振り下ろした。



光が弾ける。

そしてゴトリと重い音を鳴らし、タイルに転がる白銅色の頭蓋。



ティアはそれをディザスターの背中越しに見る。



「うあぁぁぁぁぁぁっ!!!!」



叫びと共に感情が振り切れたその時だった。

ティアは自分の中で、何かがカチリとハマる音が鳴った気がした。



叫びが急に止む。

怒りはそのままに、スイッチを切り替えたかのように急に感情がクールダウンする。

鏡に映った自分を見るかのように、



そして、言葉がその口から流れ出る。



── 魂魄リアクターに接続。現象を定義。顕現式構築



聞き慣れぬ言葉と共に、ティアの掲げた腕にフラクタル状の光る紋様が浮き上がる。



── 規模、射程、対象ターゲットを確定。マナ量子励起。現象顕現式発動。



ティアの手先に、厚さのない円盤状の光る文様が複数浮かび上がり、それはディザスターに向けられている。


そして、紡がれる鍵言。



── 消え去れ。エーテル・ガン、射出。



「くっ、光子加速装置フォトン・アクセル!」



ティアの手のひらから、小さな光る弾丸が発射される。それはビームのように光る帯を残しつつ、ディザスターに向け真っ直ぐ飛翔する。


局地的な嵐のような衝撃波が巻き起こり、フロア内を蹂躙する。光弾はビルの壁に触れるとスルッと突き抜け、一瞬遅れて激しい爆発が起きる。



耳を劈く轟音とともに、爆煙と突風がフロアを塗りつぶす。



薄暗かったフロアがぼんやり明るくなり、土煙が静まりはじめると徐々に明るさを増していく。



電磁ネットを払ったボーンズが積もった埃をパラパラと落としつつ立ち上がると、ボディの稼働状況パラメーターを確認しつつ周囲を見渡す。



「ティアどこだ。近距離スキャン……いた」



元々立っていた位置から少し離れた場所、壁に背を預ける形でティアが意識のないまま座り込んでいた。



「ティア!」



思わず声を上げ、金属の足音を立てつつ駆け寄る。



「ティア、大丈夫かっ!? 素体スキャン。各部異常無し……いや、これは」


「……っん、あ」



ボーンズの声に反応するように、ティアが薄らと目を開く。ガーネットのような瞳が、岩間の原石のように陽光を反射する。



「あれ、私は……ここは」


「ティア、大丈夫か。我だ、ボーンズだ」


「ティア……ティア。そうか、私……ボーンズ?」


「ああ、我だ」



ボーンズが落ち着いた声色で答える。

ティアはそのまつ毛の長い瞳を数度しばたたかせると、驚いたように見開く。



「ボーンズ……あれ? ボーンズ! 君、首が、たしか!」


「記憶領域は問題はないようだな。我の首なら大丈夫だ。それよりティアは大丈夫か」


「大丈夫……だけど、あいつは?」


「ディザスターか? それなら」



振り返るボーンズの視線の先を見ると、墨色の機械人形が物言わず膝をついていた。

その姿、左腕は肩から先が無く、半身の一部も消しゴムでもかけたかのように抉れている。


全身から白煙を上げ、動きそうにも無い。



「ティアのエーテル・ガンを躱そうとしたが間に合わなかったようだな」


「……私の、エーテル・ガン。これ、私がやったの?」



ボーンズがああと首肯する。


視線の先、ビルの壁かあったところは10メートルもあろうかと言うほど大きく円形にくり抜かれ、傾きかけた陽光が差し込んでいる。

大きな穿孔は背後の建物も同様で、射線の先、水平線までずっと続いている。



先程、ボーンズがやられたと思った瞬間、意識が白く塗りつぶされるのを感じた。自分の体なのにまるで他人を見ているかのようで、そして、知らない言葉が自然と口から流れ出ていた。


ティアは自分の中のもう一人の自分に、ゾクリと身震いするような恐怖を感じる。

まるで自分の存在そのものを否定するかのような。


すると、動きを止めていたはずのディザスターが、グギギと音を鳴らし首を起こした。



「凄まじい威力だ。まさか躱し損ねるとは。」



身を呈するボーンズだが、ティアはふらつきながらも立ち上がりそれに並ぶ。



「君は何を知っているの?」


「……」


「私は、いったい何なの?」



どこか追い詰められたような表情のティア。

ディザスターはゆっくりと立ち上がり、ティアに視線を返す。



「お前の感じている違和感の答えは、想像の通りだ。あとは、お前の隣にいるその朴念仁に聞くんだな」


「ちょっと、どういうこと……」



そう言いかけたところで、ディザスターの周囲に光る粒子が浮かび上がる。



「逃げる気!? ボーンズ、止めて!」


「了解した」


「悪いが、お前の相手はそいつだ」



ディザスターの言葉とともに、プラズマ弾がティアに迫る。ボーンズは射線に立ちはだかると、十字に組んだ腕で受け止める。


プラズマ弾がはじけると共にフロアが一瞬雷光で塗りつぶされる。



「……あいつ逃げたね」


「ああ。だが、まずは……」



ボーンズがティアをひょいとお姫様抱っこで持ち上げる。



「あっ、ちょっと、何? 何なの?」


「口を閉じてろ。舌を噛むぞ」


「なんか嫌なよか……んんっ!! きゃーーー!!!!」



ティアを抱き上げたまま、ボーンズは壁にあいた穴から外に飛び出す。

彼らが元いた場所には、プラズマ弾が再び迫っていた。



金属音とともにヒビだらけのアスファルトを凹まし着地する。

するとティアが青い顔で声を上げる。



「こういうことするなら、先に言ってよ!」


「緊急事態だった。次からはなるべく言うようにしよう」


「なるべくじゃなくて、絶対!」


「しかし、言ったとしてティアはどうするのだ? 結果は変わらぬぞ」


「ポンコツ! 朴念仁!」


「む、解せぬ。それよりだ」



ボーンズが左手を前方に掲げ、右腕は二の腕の部分を掴む。

キュインと独特の機械音が鳴る。



「飛べ、超電磁飛翔拳マグネトラ・ナックル!」



稲光を放ちつつ、ボーンズの不自然に太い左拳が宙を疾走する。それはビル内から飛び出し空中を舞う自動防衛兵器に迫る。


しかし自動防衛兵器は、サブ兵器の小型プラズマ弾を飛翔する拳に向け連射する。


プラズマ弾の反動で軌道を変えられた拳は、敵ではなくビルの壁を叩き壊す。

方向を変え再び迫ろうとするも既に敵は地面におり、同じように連続プラズマ弾と見た目には想像もつかない機動性で躱してしまう。



「うむ、埒が明かないな」



雷光を放ちつつ、左拳は金属音とともにもとの左腕へと戻る。



「ティア、動けるか」



ボーンズは振り向きティアを見るが、ティアは無理だと首を横に振る。



「では昨日のように監視されてる気配は」


「うーん、無いかな」


「そうか、ならば遠慮は無用だな。ティア、少し離れててくれ」


「あ、うん」



ティアが瓦礫の陰に身を移すと、ボーンズが両腕を前に突き出し雷光を放ちつつ今度は両腕を放った。

敵自動防衛兵器は再び弾幕を張るが、両拳はそれらを無視し上空に飛び上がる。そして上部からの攻撃と思いきや、逸れて地面にぶつかる。


それは土埃と飛礫を飛ばし、拳はそのまま飛び交い地面を砕き続けた。

濛々と立ち込める粉塵は時より電光を走らせる。やがて地面は陥没し自動防衛兵器のボディを傾け、粉塵でその姿を隠してしまう。


すると両拳は仕事は終わったかとでもいうように、帰ってきて両腕に元通り接続される。



ボーンズが、腕を体の前でクロスさせる。



── エーテル反応動力炉エーテル・リアクター稼働率60%、80%、100%、120%。



フォーンと独特の駆動音が響く。



── 超電磁勢車マグネトラ・フライホイール接続コネクトヘルメス式増幅回路ヘルメス・ブースター……点火イグニッション



ボーンズの駆動音がキーンという高周波に変わり、ボディのスリット部分から、そして両目の下に真っ直ぐ引かれた涙線ティア・ラインに沿って金色の光が漏れる。

稲光が全身を這い、真空放電によって生じたオゾンの異臭が付近に満ちる。



その時、敵自動防衛兵器が粉塵を巻き上げつつ飛び上がり、スラスターから光を放ちつつアスファルトを割って着地する。そしてその太い砲身をまるで慌てているかのようにボーンズに向け、プラズマ弾を射出する。



それはボーンズに向けまっすぐ飛ぶが、見えない壁にでも阻まれているかのようにバチっと音を立て消え去る。



「……凄い。これがボーンズの本気?」



瓦礫の陰から顔を覗かせていたティアが唖然とする。



ボーンズが両腕を敵自動防衛兵器に向け掲げる。すると両拳がそれぞれ逆軸に回転し始め、バチバチとひときわ強い電撃を纏い始める。



「覚悟してもらおうか。喰らいつけ、超電磁旋風マグネトラ・トルネード



掲げた腕から雷撃を纏った旋風が巻き起こり、アギトを開いた巨大なくちなわのように宙を奔る。

礫や土埃も巻き上げ塵旋風と化し、避けようとする自動防衛兵器を追って丸呑みにする。


すると鎌首をもたげるように上空に向かい、赤と白のツートンカラーをした超重量の自動防衛兵器を巻き上げ、中空に固定する。

旋風は周辺の空気を巻き上げ、ティアは髪の毛を抑えつつ固唾を飲み行く末を見守る。


ボーンズが両手を抜き手にするとさらに回転数を上げ、そして、声高に叫んだ。



「いくぞ! 今、必殺の、超電磁螺旋飛翔拳マグネトラ・ドリル・ナックル!!!!」



バチンと何かが弾ける音が鳴る。


指を伸ばしドリル状になった拳が、超高速回転そのままに放たれた。



ドン、ドンと音速の壁を破る衝撃音を鳴らしつつ飛翔し、逆軸に回転する二つの掌はやがて螺旋状に交わり稲光を放つ。


そして、敵自動防衛兵器の核兵器にも耐えられるという超硬化チタン錬金合金オリハルコン炭化鎢タングステンカーバイド、そして繊維超強化ゲルからなる特殊超多積層装甲をあっけなく貫く。



赤熱する貫通面は爆轟デトネイションを起こし、衝撃波が大気を揺らす。



鉄くずと化した元自動防衛兵器のが錐揉み状に降り落ちる。



大きな破片が落ちきり、やけに静かになった広場に、バラバラと細かい破片の落ちる音が響く。


粉々になった装甲の破片は傾きかけた陽光を反射しキラキラと光る。それはまるで粉雪パウダースノー


そして爆発音が遠くで反響し、鐘の音のように響いた。



やがて、電光を控えめに纏った拳が舞い戻る。

どこまで飛んで行っていたのか、久々我が家に帰ったかのようにガキンと重い音を立て、ボーンズの腕に収まる。



「……破壊完了だ」



粉雪降る広場で、ボーンズが呟く。

すると瓦礫の陰からティアが飛び出してきた。



「ボーンズ! 凄かったね。大丈夫?」


「ああ、我はなんともない。そういうティアの方こそ大丈夫か?」


「うん。あ、あいつ……ディザスターは?」


「広範囲に索敵したが、それらしい反応は無い。 大丈夫だろう」


「そっか……ま、無事で、なに、よ……り……」



突如ティアの視界が暗転する。

地面にぶつかる鈍い衝撃が粉雪を舞い上げ、そして意識が闇の中へ溶けていった。


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