03 「もう囮になるのはごめんだからね!」
壁や天井、床が所々崩れ、ケーブルが露出している。
当然明かりはなく、昼間だというのに薄暗く肌寒い。
「ここもダメそうじゃない?」
「いや、微弱な電気信号を検知した。施設が生きている可能性がある」
「これで……?」
3棟あったビル施設の1棟、住居部分の探索は早々に見限り、ボーンズとティアは2階にあたる広いペデストリアンデッキ、つまりビル同士をつなぐ広い高架デッキを伝い、本命たる研究棟に来ていた。
何かあるはずというボーンズではあるが、建物の見た目にはそうは思えない。
しかし動かないエスカレーターを登り上階に来た時点で、ボーンズの予想があながち外れてはいないなと思わせた。
「下ほど壊れてないね」
「ああ。戦闘の跡はあるが、恐らくルートが限られたおかけで大規模な撃ち合いには発展しなかったのだろう。もしくは……」
「もしくはどうしたの?」
ボーンズは一瞬逡巡を見せるが、すぐに続ける。
「もしくは、強力な防御機構があるかだ」
「ふーん。でも何で今言い淀んだの?」
「人間には、経験則からの
「意味わかんないんだけど」
ティアの少し不満気な顔に、ボーンズが表情の無い顔を向ける。
「端的に表すとすれば、マーフィーの法則、あるいは」
「あるいは?」
「フラグと言われている」
言い終わるが突然、トゥートゥーと警報が鳴りはじめる。
── 敵性武装侵入者を検知。自動防衛機構作動。非戦闘員は速やかにシェルタールームに避難してください。繰り返します。非戦闘員は……
落ち着いた女性の声が館内に響き渡り、所々設置されたランプが赤く光る。
「敵性自動防衛兵器の作動を感知。敵だ」
「もう囮になるのはごめんだからね!」
「待て、もう一体、機械人形の武装化を確認。ティア、気をつけろ」
「気をつけろと言われても……」
直後、目先の通路の奥から派手な音をたて、金属の塊が現れ砲身を向けてきた。
赤銅色と白色ペイントのツートンカラーの装甲を纏った、ずんぐりとした自動防衛兵器。四足で、足先に取り付けられた電磁スラスターにより床から浮いている。
「ねぇ、あんな風に浮いて撃ったら、反動で後ろに下がって後ろの壁突き破って落ちたりしない?
「指向性エネルギー兵器であればその限りでは無い。要は質量の極めて少ない高エネルギー体、例えばプラズマ等を射出すればいい」
「残念……」
ギャジィッ!!
不快な高音が鳴り響く。
敵自動防衛兵器の放ったプラズマ弾とボーンズが展開した
ギャジッ!!
ギャジッ!!
「ティア……ティア、聞こえているか」
「あ、ごめん、耳塞いでた。大丈夫なの?」
「まずい。これは相性が悪いと言うやつだ。あと3発程で
「は? なんとかしてよ!」
「うむ、もう一体の反応も気になる。こちらを探るように待機している。迂闊に手の内は見せられない」
ギャジッ!!
ギャジッ!!
耳障りな接触音が2度鳴る。
「あと1回だ」
「ななな、何とかしてよ!!」
「もちろんだ」
そう言うと、ボーンズは片手でティアを乱暴に脇に抱え、もう片手で転がっていた人の頭程のコンクリートのブロックを掴み上げた。
ギャジッ! パリンッ!
ガラスが割れたかのような甲高い音と共に、
パァン!!
プラズマ弾と接触した瓦礫が、音を立てて破裂し礫を撒き散らす。
それとタイミングを合わせ、ボーンズはティアを抱えたまま3階テラス部分から階下に飛び降りる。
「やめっ、キャーーーーー!!」
ティアが思わず悲鳴を上げる。
「ティア、口を閉じろ。舌を噛む」
「そんな事言ったってーっ!」
衝撃と共に2階デッキテラスの着地する。するとすぐにボーンズが焦ったような声を上げる。
「む、まずい。ティア、すまない!」
「え、何? ギャーーーーー!!」
ボーンズは脇に抱えたティアを、ガラス扉が割れ口を開く建物内に向け放り投げた。
直後。黒い人型の何かがボーンズに迫る。
漆黒と言うより、僅かに色を秘めた墨色。
全身が金属で覆われ、頭上鶏冠部分には羽飾り。それはまるで西洋の全身甲冑のよう。
僅か一瞬の交差だったが、ティアの目にはそれがはっきりと見えた。
墨色の機械人形が手にしていた光の剣を振り下ろし、ボーンズの片腕が肩から切り落とされる光景。
「
片腕を落とされ驚きの声を上げるボーンズ。
機械人形は振り下ろしたその姿勢のまま残身しており、ボーンズはその衝撃に地面に倒れる。
何故かティアの目にはその光景がやたらとゆっくり、スローに見えた。そして狙いを移すかのようにティアを見つめる機械人形の鋭いツインアイと、逃げろと告げるようなボーンズの赤光する目。
直後、地面に転がったボーンズに向け上層階より2発のプラズマ弾が降ってくる。それはボーンズに直撃すると激しい雷光を放ち、続いて爆発音を鳴らした。
「ボーンズっ!」
ティアは心配の声をあげるも墨色の機械人形の視線に気づき、僅かに後ずさった後、薄暗い屋内に駆け入った。
…………
「ハッハッ……んっ、ハァハァ……」
走ったのは数分程度。しかし焦燥に任せるままの全力疾走だったためすぐに息が切れ、恐らく食品雑貨店のスペースだったであろう、背の高い棚が並ぶ奥のレジカウンターの裏に背をつき座り込む。
外光はあまり届かず薄暗い。
鼓動は早く、息も荒い。落ち着かせるため深く息を吸うと、埃やカビの臭いが鼻を突く。
ボーンズに促されるまま、迷わず逃走を選んだ。
自身には戦う能力はなく、あの場で巻き込まれたりすれば紙くずのようにその身を散らすことになるであろう。
それにティアを守る役目を持つボーンズとしても、護衛対象に死なれては元も子も無い。故にこれは正しい判断だ。
正しい判断……
それでもなお彼女自身、仲間を置いて逃げたことについて罪の意識を覚えざるを得ない。
臆病で、無力で、ボーンズに強くあれこれ言う割に自分では何も出来ない。
胸の奥底から湧く鉛のような感情が、その身体を重くする。
「ボーンズ……」
乾きに貼り付いた喉の奥から、誰聞くでもない声が漏れる。それは仲間を思う言葉であり、そして懺悔でもある。
誰彼とも言わぬその一言だったが、余計にも拾う者がいた。
「奴はボーンズと名乗っているのか」
聞き慣れぬ声が響きハッと横を振り向く。
視線の先カウンター内に、先程の墨色の機械人形が彼女の逃げ場を塞ぐように立っていた。
身長は2メートルほど。ボーンズより少し大きい位で巨体とは言わないが、狭いカウンターに立つと覆いくるような圧力がある。
「きゃっ!」
ティアが慌てて後ずさるがすぐに背が壁に触れる。
「監視していて予想はしていたが、お前は記憶を失っているな」
機械人形の断定的な物言いに、無言で応じる。
「とすると、自分が何のために存在しどこに向かおうとしているのか、知らぬままか……」
「あなたは……何なの?」
物知り顔の言葉に、ティアは思わず口を開く。
「うむ。まぁいい、予定通り、思い出してもらうのみだ」
話す気も無いのか、そのツインアイが怪しく光る。
「思い出すって、どうやって……え」
機械人形の突然の行為に、一瞬思考が止まる。
すぐ目の前にはヴゥンと異音を鳴らす光の刃。それは少女の胸を貫いている。
そして、その光景を認識するとともに訪れる、感じたことのない激痛。
「ア”ア”ア”ァァァァァッ!!!!」
薄暗いフロアに、少女の絶叫が響き渡る。
「ッッッン、アアアアッ!」
激痛から、そして心臓を貫かれた絶望から思考は吹き飛び、叫びだけがとめどなく溢れる。
刃を抜こうと
「ア”ア”ア”ア”……ハァハァ、あぁ」
感じたこともない圧倒的な痛みに、もはや言葉は出てこない。
痛みに感覚が麻痺しはじめるが、機械人形が
涙と涎に濡れたティアの苦悶の表情にも何の躊躇いも見せず、墨色の機械人形は刃を捻り続ける。傷口は熱に焼かれ血も出ない。
薄暗い館内ではあちらこちらで非常灯がぼんやり光り、
「や、やめ……て。死ん、じゃう……」
「うむ、これでは目覚めないか……次だ」
すると左手にもう一振の
ティアは再び叫びを上げ、堪らず焼けた手でその刃を握り抜こうとする。
しかし敵機械人形の出力の前にはビクともしない。
足をばたつかせ、首をブンブンと横に振る。
瞳孔は開き、口からは涎とともに熱い吐息がとめどなく溢れる。
「さぁ、思い出せ自分が何者かっ!
「アルケー・タイプ、定め……」
既に目の光は失われ、思考することもできず機械人形の放つ言葉をそのまま辿る。
「そうだ! 人の作りし魔女。神秘の再現。マナの導き手」
「人が、作る、神秘……マナ……アアアァァァッッッ!!」
叫びが上がる。
そしてその叫びは、突如の臀部への衝撃に止まる。
「痛っ……ハァハァ、んッ。あれ、何が」
胸と腹を貫いていた刃は引き抜かれ、そして目の前で向かい合っていたはずの墨色の機械人形が、今は背中を晒している。
「あれ、移動した? なんで。あれ、私は、私は……」
「短距離転移か。少しは自分を思い出したか」
「転移……」
何が起きたか分からぬまま恐る恐る
疼くような痛みは残り服にも穴が空いているが、何故か傷は綺麗に消えている。
「そうだ。お前の力だ。さぁ、
「コンパク、リアクター……」
「自分が何故その名を持つか……自分を思い出せ “アルマ”」
「アルマ……私の名……私は、私はっ!」
吐き気すら呼び起こす激しい頭痛に頭を抱える。
目は見開かれ、全身がガタガタと震える。
「その力、見せてみろ!」
墨色の機械人形が
……その時だった。
ドゴォン!
機械人形の足元、鉄筋コンクリートが破砕される爆音と共に粉塵が巻き上がる。
ティアがその衝撃と爆音に身を屈めていると、すぐそばからジャキっという足音に続き聞き乗れた声がかかる。
「遅くなってすまない。大事無いか」
「……ボーンズ!」
思わず涙腺が熱くなる。それは自身の安心のためか、それとも彼の無事を思ってか。
「もう、遅い、遅すぎる! 酷い目にあったんだから!!」
「そうか、すまなかった。しかし損傷は見られないが」
「あれで刺されたっての! もう治ったけど」
「治ったのか。であれば問題無いな」
「問題だっての、この朴念仁、ポンコツ!」
いまいち噛み合わない会話を続けるが、ティアはどこか楽しそうにしている。
「その腕、切り落としたはずだが……」
墨色の機械人形が会話に割り込んでくる。
それが言うように、ボーンズの片腕は
「お前の存在……いや、
ボーンズが赤眼を鋭くする。
対する墨色の機械人形も、その黄色いツインアイをボーンズに向ける。
「今はディザスターだ、
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