02 「そう言うと身も蓋もないね」
夕焼けが満ちる。
過去には
歩みは早く、言葉は無い。
それは陰る日の物悲しさのせいか……いや、違うのだが。
「見えたな。普段の歩行速度だと日没していたところだが、間に合ってよかった。普段からこのぐらいの歩行速度を保てればもう少し効率よく目的地に着くのだが」
「……」
「あそこに見えるビルがそれだ。3棟からなっているが、一番高いのが住居。並び立つ片方が商業施設で、もう片方が研究施設だ。記録ではいわゆるサードセクターのようだな」
「……」
「ティア、先ほどからずいぶんと言葉が少ないがどうした。体調に変化でもあったか。体温計測では異常は見られないが」
「……うるさい!! 君には分からないと思うが、私怒っているの!」
「なぜだ。ティアの言うように謝罪を行い、事態は解決したのでは」
「そんな無機質な謝罪に意味は無いの! ちゃんと反省して、心から謝罪してくれないと」
「我は機械人形故、心という概念は該当しない」
「あーもう、ほんと話通じない! このポンコツ!」
「ポンコツではない。確かに外装は失ったが
「はぁ、もういいよ……すこし黙って」
「ティア」
「だから黙ってって……」
「しかし」
「何なのもう!?」
「……敵だ」
ボーンズがティアの前に立ちはだかる。
現れたのは、ずんぐりむっくりしたシルエットの戦闘用機械人形。
モノアイを警戒色に光らせ、銃口を向けてくる。
「伏せろ!」
言うが早く、ボーンズが防御用の
パパパパンと実弾さながらの音を立てながら放たれる敵機械人形の旧式ビーム銃の弾丸は、
「じっとしていろ」
「言われるまでもないからっ!」
ボーンズが敵の一体に向け、右手を握って向ける。
「ターゲットロック。まとめて叩く。
するとキュインと甲高い音を鳴らし、ボーンズの太い右腕、肘から先が回転しつつ高速で射出される。
それは敵機械人形一体の頭を貫く。
そのままあらぬ方向に飛び去るように見えた拳は、バチバチと電光を放ちながら急激に角度を変え、誘われるように次々と敵を貫いていく。
そうして全てをスクラップに変えると、バチバチと放電しつつ元通りボーンズの肘へと接合する。
「破壊完了だ」
ボーンズの言葉を待っていたかのように、敵機械人形たちが倒れ次々と爆発した。
「大丈夫か、ティア」
「……大丈夫」
「そうか」
ティアがだまってボーンズの目を見る。
「……」
「……ボーンズ」
「どうした」
「……ありがと」
それだけ言うと、すぐにそっぽを向き無言になる。
その時ボーンズは、自分でも気づかぬうちに自分の胸に掌を当てていた。
…………
……
途中トラブルはあったものの、薄暗くなり始めたころ無事目的地へとたどり着いた。
ボーンズの説明の通り3棟のビルが立ち並び、それらはアーケードで覆われている。もっとも、そのガラス張りの屋根は崩れ去り、夕闇空をそのまま受け入れていた。
「うーん」
「どうしたティア。気になることでもあるのか?」
「さっきから視線感じるような……まぁ、気のせいかな」
「む、我のセンサーには反応は無いが……もしや
「……なにそれ」
「であれば監視されている可能性が高い。目的は不明だが、特殊兵装を使用した戦闘行為はこちらの武装情報の流出に繋がる恐れがある。よって使用武装を制限する」
「はぁ、何言ってんのかこのポンコツは」
「ポンコツではない」といういつもの反論を塩対応でスルーし、再び周囲を見渡す。
いつもならとっとと休憩スペースを確保しようと言い出すティアだが、この時は違っていた。
「どうしたティア?」
「うーんなんだろ。ここ見覚えがあるというか、
「前に来たことがあるのか?」
「分かったら苦労無いっての」
「失った記憶に関連があるかもしれないな。これは何だ」
ボーンズが指さしたのは、奇妙なオブジェたち。
アーケードに覆われた通路の隅に無造作に並べられていた。
「これ……クリスマス飾りじゃない?」
即座にボーンズが
「クリスマス……ふむ、年末に行われる祭りだな。特定宗教の祭事に端を発し、後年にはその意味合いは薄れ、寒くなりつつある季節を機嫌よく過ごそうと、また商業的にも落ち込みがちな季節に売り上げを確保しようという商業主義が合致した、季節的なイベントだな」
「そう言うと身も蓋もないね」
「違うのか」
「現象としてはさておき、家族や大切な存在に感謝と愛情を告げる、極めて文化的な風習だよ」
「家族、大切な存在」
「そ。プレゼントを与えあったりね」
「その情報、
「なっ!」
「太陽暦で、今日はクリスマスイブに当たる。何か欲しいものはあるか。与えられるものは限られるが」
「何言ってるの! プレゼントって、なんで!?」
「大切な存在にプレゼントを与えるのであろう。我にとってティアは大切な存在だ」
「……ん? そう? そうなんだへぇ」
もじもじし始めるティア。ふーんと言いながらチラチラと相棒を見やる。
「ああ、ティアは大切だ。保護対象だからな」
「は? 保護、対象……」
「ああ、そうだ」
「なんかその、気持ち的なものは」
「気持ちか。我は機械人形だからな。人間のような感傷は持てぬ」
「……」
「どうしたティア、とりあえず寝所を探すぞ」
ボーンズがティアに振り返った瞬間、目前にはティアが引きはがしフルスイングしたベンチが迫っていた。
ボーンズはクリスマスオブジェ横の壁に突き刺さり、再び前衛芸術と化していた。
…………
……
とりあえず研究棟へは明日向かうとして、
がらんどうではあったが幸いにもカバーのかかったベッドがあり、カバーを引きはがして降り積もった埃を廊下で払うと、その埃臭いカバーを頭からかぶり、靴を脱いでベッドに膝を抱え座り込んだ。
「あのバカ、ポンコツ、朴念仁、いっぺんスクラップになっとけっての」
恨み言をぶつくさ言っていると幾分気が晴れ、周囲を見渡す。
違和感はあるもののそこはやはりどこか見覚えがあり、どうも胸がざわつく。
不意に己が手を見る。
つるりとした、傷一つない肌。
怪我をしても即座にナノマシンが修復し、病にもかからず、体調一つ崩れない。
── 山中奥深くで目覚めボーンズに出会って3か月、彼女は先の見えぬ霧の中にいる。
過去の記憶を失い、他の人間のいない中ただ一人。
偶然見つけた無骨な機械人形に、一人苦労して見つけた
目的も何もない状況ではあったが、とりあえず都市部を目指すと歩みを進め、そして現在、都市部中央にそびえたつ巨大な塔、通称バベルを目指すこととした。
以来、なぜか時折襲い来る機械人形を倒しつつ、
そして、突如現れた胸をざわつかせるデジャヴ。
霧中に
それは胸をときめかせるヒントというより、不安をもたらす。
「あーもう、わかんない!」
たまらず独り言ちる。
思い煩いを振り払うように、音を立てリュックの中からメイツと水を取り出す。
「ボーンズめ! こんどこそ許さないんだから!」
わざと怒りを口にし、わしわしと食事を取る。
怒りのままに2食分をあっという間に平らげ、そしてカバーをかぶりベッドに倒れこむ。
横向きに縮こまっているとすぐに睡魔が訪れ、意識が闇へと溶けていった。
…………
……
「メリークリスマス、ティア!」
「メリークリスマス!」
「パパ、ママ、メリークリスマス!」
目の前には、ある年のクリスマスの風景。
寝巻きのままの少女、つまり私と、優しげな笑顔を浮かべるパパとママがいて、ダイニングテーブルのマグカップは温かな湯気を立てている。
「どうだい、サンタさんからプレゼントは届いてるかな?」
「もうやめてよ、そんな子供じゃないんだから。もう高校生なんだからレディだよ、レディ」
「ははは、そうか。ティアもレディの年頃か……でもな、ティアはいつまで経っても僕のベイビーさ」
「はいはいそうですか……ええと」
身長よりも高い大きなツリーの足元、プレゼントの箱が置かれている。私はそれに駆け寄ると、我慢できずにバリバリと包み紙を破る。
すると無骨な、どう見ても少女向けじゃないパッケージの箱が出てくる。
「あ、これ、欲しかった超合金ロボ!」
「まったく、レディーの欲しがるものじゃないよ」
「パパありがとう!」
パパに抱きつく私。
その表情はまるで子供のようで、それをパパもママも嬉しそうに眺めている。
「ほらティア、もうひとつあるわよ」
「あ、そうだね! どうしよう、代わりに開けた方いいかな?」
「そうだな。まだそういった細かい作業は出来ないからな」
再びバリバリと包み紙を破る私。
「あ、これこの前見てた雑誌の服!」
「そうさ。さすがにいつまでも研究所の服と言うのもね」
「そうだよ。私が丹精込めて作り上げた妹は可愛いんだから!」
「おいおい、理論は確かにティアだが、そこから先は僕も……」
「パパうるさーい!」
そう言い、箱を持ち嬉しそうな顔で近づいてくる私。
「メリークリスマス、アルマ!」
そう言い
…………
……
バサッ!
かぶっていたカバーの布を跳ね除け、少女が唐突に上半身を起こす。
その顔は悪夢でも見たかのように青く、呼吸も荒い。
わなわなと震える両手を頬に当て、ひんやりとしたその感触で火照った意識を冷やす。
荒ぶった呼吸が、朝日を受けて光る埃を乱暴に散らす。
「私は、私は……誰?」
足元が崩れ落ちるかのような不安感。
じんわりとした痛みが身体の内側を這い、堪えるかのように両肩を抱きうずくまる。
その表情は、彼女の “銀髪” に覆われ隠されている。
トントン。
部屋のドアが叩かれる音が鳴る。
「ティア起きたか、開けるぞ……どうした、ティア」
「ボーンズ、私……」
埃っぽいベッドの上、小さく震える少女。その目には涙すら浮かべている。
「末端の体温が下がっている。情動神経系に異常か。待っていろ、湯を用意する」
「待って! ねぇ、私、ティアだよね」
「ああ、ティアはティアだ。どうしたのだ」
「そう、そうだよね……」
「すぐに戻る」
少女はポツンと残されるも、さほど待つ間も無くボーンズがタライのような入れ物と欠けたマグカップに水を汲んできて部屋に置く。
タライに両手をかざしたと思うとジジジと異音がし、すぐに水が湯気をあげはじめる。
「ここに足を」
「……ん」
着たままで寝ていたコートの中に手を入れ、タイツを下ろし冷たくなった白い足を湯につける。
一瞬ピリリという痛みに似た熱さを感じるが、すぐに吐息が漏れる。
「ふわぁ……」
「水を沸騰させた。ゆっくり冷ましながら飲め」
「……温かい」
湯気の立つカップにふうふうと息を息を吹きかけ、静かにすする。
一瞬夢の背景にあったマグカップが頭を過ぎるが、足元の温かさと、目の前に膝まづいてじっとこちらを見つめる白銅色の機械人形のどこか心配そうな顔が、そんな憂患を霧散させる。
「あり……がと」
言葉にならない吐息が、陽光に溶ける。
「うむ」
ボーンズが無機質に音声を響かせた。
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