白銅の騎士、機械の魔女 - 聖夜に振りし雪はオリハルコン

和三盆

01 「何が最も確実で安全なの! わたしミンチ寸前だったじゃない!」

恐らく、巨大なショッピングモールだったのだろう。


元の賑やかな姿は今や遠い過去の話。



壁は爆発でもあったかのようにところどころ崩れ、至る所に銃創が穿たれている。

もはや二度と目覚めることの無い機械人形が横たわるその傍で、色を失ったサイネージが墓標のように佇む。


朽ちかけ崩れ草木の這うその姿は、まるで地上に姿を現した地下墓地カタコンベ


崩れた屋根から差し込む光は薄明レンブラント光線となりて、魂を持てぬまま役目を終えた死者に降り注ぐ。

微かに聞こえる草木の葉鳴りや鳥のさえずりは、慰めの鎮魂歌レクイエム


永遠に続くと思われた墓所の静寂だったが、この日それは無残にも穢されていた。



どこからか破壊音が響いて地を揺らし、涙雨るいうのように天井から礫を降らせる。

発生源は左右にと動くが、幾度目か音が止み静寂が取り戻される。



僅かののち、建物のバックヤードからホールに続くドアが、僅かにきしみつつ押し開かれる。



薄暗い奥の通路から恐る恐る姿を現したのは、おおよそ廃墟には似つかわしくない一人の少女。

年のころは10代後半だろうか。身長はやや小柄。ボブヘアーの髪の毛は銀色だが、毛先にかけ薄らと茜色に染まっている。

カーキ色をした太もも丈のミリタリーコートをすっぽりと羽織り、濃い灰色のタイツを履き足元はブーツ。



少女は不安げにあたりを見渡すとホールに出て、きしむ音にドギマギしつつ静かにドアを閉じる。わずかにカチャリと鳴るが何事もなく、ふぅと小さく息を吐く。


そして足音を消し二三歩進んだところで、迂闊にも小石を蹴ってしまう。


「あ……」


その小石は音もたてずコロコロ転がり、一回り大きな石にぶつかる。

そのわずかな衝撃でその石がコロンと転がり、一回り大きな破片に。

そしてそれはまた一回り大きい破片にぶつかり、それが朽ちかけたサイネージにゴンとぶつかる。


するとサイネージは音もたてずに傾き地面に倒れこみ、ガシャンと耳障りな音を響かせ、残っていたガラスを派手にぶちまけた。



「やば……」



彼女の背後からドガンとド派手な破壊音とともに、金属の塊が姿を現す。


それは彼女の身長の2倍はあるだろうか。空五倍子うつぶし色……灰色味がかった明るい茶色をした、おおよそ戦車と呼べるような自動防衛兵器。

先端にタイヤのついた四足で角のようなアンテナが角のように2本に突き出しており、モーター音と共に砲身を少女に向ける。



ドガガガガガッ!!



放たれた小型プラズマ弾が、一瞬前まで少女がいた地面を抉る。

彼女は間一髪、駆け出したことでミンチになるのを免れた。



「あーもー、なんなの!!」



叫びを挙げつつ少女がモールのメインストリートを駆ける。

すぐ後からは、戦車にも似た無骨な鋼鉄製の自動防衛兵器が、がれきを弾き飛ばしつつ後を追ってくる。



「はぁはぁ、ちょっと、なんで追ってくるの!」



聞く耳など持つわけなく、時より銃弾や、サブウェポンのレーザーを飛ばしつつ迫ってくる。

少女も全速力で、それらを奇跡的に躱しつつ走る。



「もーーーっ! あ、やった、出口ーーーっ」



通りも終わり、円形の吹き抜けに到達しもうすぐ脱出というところだが、ここで少女ががれきに足を取られる。



「きゃっ! った!」



膝がすりむけタイツが裂け、血が滲んでいる。

手にも擦り傷。痛みと驚きで戸惑っていると、すぐ背後には大きな鉄塊が迫っていた。


キュンキュンと照準を合わせる機械音が鳴り、砲身が座り込んでいる少女の頭を狙う。



「……や、やめ、やめて」



超高温のプラズマ弾が放たれんとする瞬間、兵器は一瞬迷ったように動作を鈍らせる。


すると次の瞬間、白銅色の影が少女の目の前の鉄塊、その頭上目掛け回転しながら超高速で落ちてきた。



影は落下の速度に回転の遠心力を加え、自動防衛機械の上部にある炭化鎢タングステンカーバイドと繊維超強化ゲルの特殊積層装甲に守られた電子頭脳エレクトロン・ドライブ目掛け、金属の拳を叩きつける。



──ドゴォン!



並の砲弾、ましてや拳の一撃で破壊できるような構造ではない。

しかし超電磁投射装置マグネトラ・カタパルトにより加速され放たれた特殊な超硬素材でできた鉄拳の一撃が、装甲を易々と貫き深く突き刺さる。



「悪いな」



人型に見える白銅色の “それ” は一言つぶやくと、突き刺さった手で電子頭脳エレクトロン・ドライブを鷲掴みし、その掌から電光を放つ。



その間、一呼吸ほどだろうか。ブーンと情けない音をたて、自動防衛兵器はその活動を止めた。



「破壊完了だ」



もはやオブジェと化した鉄塊の上で人影が立ち上がり呟く。



人型をした金属。


特殊堆積装甲は過去幾度かの戦闘で吹き飛び、外部武装も無く残すところは骨格に相当する基礎フレーム。

その両腕だけは太く、重量感を持つ。


無骨を体現したような、金属の骨格。

その姿は、骸骨そのもの。



人の骨格とはまるで違うが、見たものは皆そう言うだろう。


白銅色の骨格を薄明レンブラント光線に晒し、眼球の赤い光を、ペタリと座り込んでいた少女に対し無遠慮に向ける。



「ティア、大丈夫だな」



少女はしばし呆けていたが、次第にわなわなと震え始め、顔を真っ赤にする。



「大丈夫だな、じゃ無い!!」



金切り声が静寂を引き裂く。



「死ぬところだったじゃない! どういうつもりなの!」


「当初の作戦通りだ。ティアが所定のポイントまで敵を引きつけ、我が敵を撃破する。最も確実で安全な方法だ」


「何が最も確実で安全なの! わたしミンチ寸前だったじゃない! もしそうなったらどうするつもりなの」


「もしは無い。作戦は成功し敵自動防衛兵器は既に沈黙している。サブを含め電子頭脳エレクトロン・ドライブを破壊した。もはや動けはしない」



飄々とした語り口に、少女がゴゴゴとジュールを高める。



「そうじゃなくて、それ結果論でしょ! 逃げてる途中とか、最後あの場で撃たれたらどうするつもりだったって聞いているの!」


「逃走中であれば君は確実に回避していただろう。最後もこれの駆動系はスキャンしていて、間に合うタイミングは分かっていた」


「あーもー!! ボーンズのバカ! 唐変木! 朴念仁! すっとこどっこい!」


「ティア、幾つか記録領域ライブラリに無い言葉があった。意味を問う」


「このポンコツスケルトンがぁ!!」




…………


……




人類が滅びを迎え、既に300年が経とうとしていた。


原因は天災のようなものだったが、その引き金は人類が引いた。



量子コンピューターが実現し、ますますの発展を迎える人類。枯渇する化石燃料。

そして発見された、福音たる無限のエネルギー “マナ”。


マナを見つけた人類はすぐにマナを運用可能なエネルギーに変換する装置、エーテル反応動力炉エーテル・リアクターを生み出す。



発展という名の驕り、増長を続ける人類。

そしてマナが、地球が、遂に人類に対し断罪を告げる。


マナを発見した科学者は後に語った。

マナは、パンドラの箱からもたらされた厄災の、最後の一つだった……と。




地表から吹きあがる、金色の光。

地より来たりし天の火。




……間もなく、人類は姿を消した。




残されたのは無人となった都市と、動植物。

そして、エーテル反応動力炉エーテル・リアクターにより無限の活動時間を持った、機械たちだった。




…………


……




「メイツ、メイツと……あった! うーん、少ないね」


少女が廃墟の片隅で見つけたものを大切そうに抱える。

メイツと呼ばれたそれは、アルミでパックされた固形レーションのような物。



「ここは商業施設だったようだからな。軍事施設や研究施設であればもっとあるだろうが」


「のんびりせずに先目指さなきゃダメだね。すこしゆっくりしたいけど」



休憩所だったのだろうか。数個椅子とテーブルが並んだフロア。

幸いにも水場があり、雨水も混じっているだろうが問題ないほどに澄んでいる。



窓に面したカウンターに歩み寄り、カウンターチェアの一つを起こして埃を払い、腰かけ足をプラプラさせながらアルミパックの一つを縦に裂く。

中には黄色みがかった長方形ブロックが二本入っており、その一本を口に含む。


ぼそぼそとした触感。口の水分をすべて吸い尽くすようなそれは、およそ食物とは言い難い。

しかし目覚めてこのかた、目覚め以前の記憶を失っている彼女にとってそれが食べ物のすべてである。


むせそうになるのをぐっとこらえ、汲んだ冷水とともに無理矢理に食道を通す。



「少し休んだら先に進もう。ここから10kmほどのところに研究施設跡がある。今からであれば暗くなる前に着くだろう」


「えー。あんな目にあったのに……」


ティアが不満げな目を相棒に向けるが、金属の骸骨は無下に答える。


「怪我も無いだろう。擦り傷もナノマシンが修復している。体力も問題なさそうだ。日の出ている暖かいうちに歩くぞ」



季節は冬。地殻変動により以前より暖かくなったこの地であるが、それでも寒風は吹く。陽光のあるうちに進むのは正しい選択だ。


そして先ほどすりむき血が滲んでいたはずの膝と掌の怪我は、跡形もなく消えている。

裂けたタイツだけがその痕を残していた。



「分かった……じゃぁ少し休んでるから、代わりのタイツ探してきて」


「その程度の破損、影響無いだろう。ティアの傍を離れるほうがリスクがある」


「君に一日中傍にいられちゃ、気が滅入るっての。少し一人にして」


「しかし……」


「シャラップ! 従いなさい!」


「承知した。では “タイツ” を探してくる」




一人になり静かになったフロア。

カウンターに肘をかけると割れたガラスの向こう、鳥の声や木々のざわめき。


しばしそうした後、あることを思いつく。

フロアの片隅に置いてあった荷物に近寄り、中を漁りはじめる。



「タオル、タオルーっと。あった。せっかく綺麗な水あるしね」




机の一つ埃を払い、羽織っていたミリタリーコートを脱いで放る。


大きすぎてまるでワンピースのようになっている白いTシャツ、その裾の中に手を入れ破れたタイツを下ろし、靴と共に脱いで素足になる。

埃っぽく冷たい床の感触に顔を歪めつつTシャツを一気に脱ぎ、これもコートの上に放る。

後ろ手にブラのホックを外し、その姿は無防備な下着一枚。


水場でタオルと濡らし、露わになった肌色に沿わせる。



「冷たっ! んー、むしろ気が引き締まるよね」



陽光のおかげである程度暖かいといえど、季節は冬。冷たさに声が漏れる。


華奢な腕、肩、 “それなり” にサイズのある胸、細い腰、腕を回して背中と拭いていく。

冷たいタオルに、むしろ肌が上気していく。


そして次は下半身をとテーブルにかけ、太ももを上げタオルを這わす……



「ティア、1枚だけだが見つけたぞ」



ノックもなく、突如部屋に入ってくる人影。



「下着もあったから持ってきた。ブラジャーはサイズがわからず幾つか持ってきたが、我の計測ではこのCの65というのが丁度良さそうだが……」



肌色を晒したままタオルを胸に当て、一瞬の驚きの後、ワナワナと震えだすティア。

その顔は怒りと恥ずかしさで赤くなり、背景には陽炎が上がって見える。



「どうしたティア。体温が上昇しているぞ」


「いっぺん、スクラップになっとけーーーっ!!!!」



片手で持ち上げられ、バットのようにスイングされた長机がボーンズの視界を埋める。


吹き飛んだ彼は真っ直ぐと壁に突き刺さり、しばしの間、前衛的なオブジェと化していた。


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